叩かれている人間を見ると無性に肩を持ちたくなる。天邪鬼と言われれば否定はしないが、ヒールにもきっと言い分はあるはずだ。善悪二元論で物事を論じることほど危険なことはない。


 メジャーリーグで最もバッシングを受けている男といえばハンク・アーロンの持つMLB通算最多本塁打記録にあと6本と迫っているバリー・ボンズだ。15日(日本時間16日)のレッドソックス戦ではフェンウェイ・パークを埋めた大観衆から「ステロイド!」の大合唱を浴びた。身に覚えのあること(?)とはいえ、彼の心中は察するにあまりある。

 ボンズの禁止薬物使用については「限りなく黒に近い灰色」というのが私の率直な印象である。しかしステロイドを使用すれば、ピンポン球のように誰もがホームランを量産できるかといえば、それほどベースボールというスポーツは単純ではない。

 メディアはほとんど報道しなかったが、実はボンズは隠れた大記録を24日(日本時間25日)のヤンキース戦で達成した。自らが持つMLB最多四球記録をさらに更新する通算2500四球。2位のリッキー・ヘンダーソンが2190であることを考えれば、いかにこの記録が偉大であるかが理解できよう。

 ちなみに3位は通算714本塁打のベーブ・ルースで2062、755本塁打のMLB記録保持者アーロンは1402で歴代24位。現役選手でボンズに次ぐのはフランク・トーマス(ブルージェイズ)の1594で歴代12位。仮にボンズがアーロンの持つ通算最多本塁打記録を更新しても、いずれ誰かに塗り替えられるだろう。しかし最多四球の記録が破られることは永遠にないのではないか。これはそれほどまでに途轍もない記録である。

 大記録が余す所なく証明するのはボンズの選球眼の良さである。ボール球には絶対に手を出さない。頻繁に敬遠されても泰然自若の構えを崩さない。これはできそうでできることではない。04年にはMLB年間最多記録となる232の四球を選んでいる。

 米国のメディアもボンズの注射痕ばかり追うのをやめ、たまには「眼」についての分析でも試みたらどうだろう。ステロイドで選球眼は鍛えられないはずだから…。

<この原稿は07年6月27日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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