このところ、自転車関係の話題が社会を賑わせている。
 まず、自転車が車道を走るべきであるという見解が警視庁から出され、30年ぶりに道交法の改正を進める予定らしい。これに合わせて、国土交通省は自転車道を整備する方針を発表。また、時期を同じくして初の自転車危険走行に対する取り締まりが始まった。良くも悪くも自転車の置かれている社会的ポジションが変化してきた象徴的な出来事と行って良い。
 もう一つが、ブレーキなしの「ピスト車」の流行に伴う問題。「ピスト車」とは本来トラック(競技場)で使用する自転車で、変速機やブレーキなど余計な装備が何も着いていないシンプルな自転車。後輪のギアが車輪と固定されているために脚を止めると、車輪も止まるという乗り物で、そのダイレクト感やシンプルさが受けている理由のようだ。一部のファッション誌などでも取り上げられ、今まで自転車にあまり興味を持っていなかった層にまで影響しているようだ。が、この自転車、当然のことだが急ブレーキが難しく、街乗りにはあまり向いているとは言えない。その結果、街中でトラブルが増えてきているらしい・・・。
 
 実はこのピスト車、【自転車の運転者は、総理府令で定める基準に適合する制動装置を備えていないため交通の危険を生じさせるおそれがある自転車を運転してはならない。】という道交法に触れるために本来は一般道走行不可なのだ。ただ車のように取り締まりが厳しくないため、野放しにされてきたのが実情。もっとも、少し前までは、この自転車に乗って街中を走るなんていう発想を持つ人はほとんどいなかったので、問題にならなくても当然だった。しかし、アメリカのメッセンジャーから火がついたこの流行で、今や雑誌で取上げられるほどに。そんな中、4月上旬に渋谷パルコ壁面に「ブレーキなし、問題なし」という企業CMが掲載。そのメインビジュアルはピスト車を持った若者だった。直後から批判が続出し、撤去されたあたりから論議が繰り広げられるようになった。

 実はこのピスト車、私も持っていて回転練習に使うことがあるが、さすがに怖いのでブレーキを付けて乗っている。ペダリングのダイレクト感は魅力だが、正直、都内のトリッキーな交通事情に対応する自信はない。街中で見かけるピストライダーはかなりの技術を持っている人もいるようで、後輪をロックさせて横滑りさせながらコントロールしている。でも、流行とは恐ろしいもので、そんな技術がなくてもピスト車を選ぶ人が増えてきているとか。そうなると、当然問題があちらこちらで・・・。

 またタイミング良くこの時期に自転車への取り締まりが始まったものだから、一部では「ピストの影響?」という説もあったが、警視庁内で「自転車はどこを走るべきか」という論議はずっと続いていたし、自転車の事故が増えている兆候に危機感があったので、これは直接関係がないと思われる。それにしても、欧米では当然とされている自転車道が整備されていないのに、国民の7割に自転車が普及しているという不思議なお国柄。歩道では歩行者に煙たがられ、車道では車にいじめられ、肩身の狭かった自転車という乗り物の存在が、やっと前向きに論議されるタイミングになったと考えて良いだろう。

 都内自転車移動族歴15年の私は、車には過去に何度もひやっとする思いをさせられてきた。自転車という存在が社会で認知されていなかったので、車道を走っていてドライバーに怒鳴られたり、挙げ句の果てには警察官に注意されたことも。その代わり、歩行者の延長として多少の違反をしていても見過ごされてきたのも現実。しかし、この改正により自転車の車両としての権利がちゃんと認められることになる。そして、それにともない、道路を走る車両としてルールを守るという責任もついてくる。
 つまり、権利を得たら、責任もついてきたという状態。当たり前のことなのだが、サイクリストはここを強く自覚しなければならない。まさにサイクリストは成人したというべきか。

 もちろんドライバーの意識も変わらないと、怖くて走れるものではない。先日もあるキャスターが番組中で、「自転車が車道を走っていると邪魔だよね」という趣旨の発言をしていたが、多くのドライバーの本音を代表しているだろう。これでは車道に出た自転車はたまったものではない。こちらの認知も広めていく必要がある。

 ピストの問題にしても、走行車線にしても、一部マニアだけでの問題ではなくなったからこそ、これだけ話題になるし、社会に影響を持ち始めたのだろう。
 素晴らしいことだが、その自覚を持たなければ昔のオートバイのように「2輪=危険な乗り物」の烙印を押されかねない。

 新社会人のように、嬉しいけど、ちょっと気を引き締めて乗らないと・・・。
 我々は、そんな分岐点にいるのかもしれない。


白戸太朗オフィシャルサイト

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。
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