「For Iggy, Bomber debut comes up no Dice」(井川は松坂ではなかった)
 試合翌日の『デイリー・ニューズ紙』の見出しがこれだ。
 オリオールズ相手に5回を8安打7失点。井川慶(ヤンキース)のメジャーデビューは散々だった。変化球が決まらず、苦し紛れに投げたストレートがことごとく打ち返された。

 スタンドからはブーイングが送られた。ヤンキースファンに最も多くのヤジを浴びた日本人といえば、伊良部秀輝(97〜99年)を思い出すが、その伊良部も最初からこうではなかった。

 しかし、井川は飄々としていた。ヤジもこたえていない様子だった。
「気分よく投げられた。残念ですけど、これからやっていけるな、という感覚は持っています。次、頑張ろうという気持ちでいっぱいです」
 流行の言葉でいえば“鈍感力”か。
 救いは7点も取られながら、負け投手にならなかったこと。ゲームはアレックス・ロドリゲスのサヨナラ満塁ホームランでヤンキースが逆転勝ちした。

 8年前を思い出す。甲子園での広島戦に中継ぎでプロ初登板を果たした井川は3四球を与え、3点を奪われた。1死も取れずにマウンドを降りた井川を野村克也監督(当時)はこう叱った。
「オマエはミーティングに出なくていいから、的当てをやっとけ!」
 要するに「コントロールをつけろ」ということである。
 参考までにいえば、このゲームも阪神打線が中盤に爆発し、チームはサヨナラ勝ちを収めた。このサウスポーには持って生まれたツキがあるのかもしれない。

 井川に伝えたいのは次の2点だ。
�初球、ストライクをとること――。
 デビュー戦、井川は28人の打者と対戦したが、初球のストライク率は3割9分3厘。翻ってロイヤルズ相手に白星デビューを飾った松坂大輔(レッドソックス)の初球ストライク率は7割3分1厘。デビュー戦の明暗を分けた最大の理由がこれである。
 メジャーリーグのバッターは初球から振ってくる。どのバッターもストレートに照準を合わせているから、カウントを稼ぐには変化球でストライクを取る必要がある。
 
�球数を減らすこと――。
 日本でのラスト3シーズンの井川の投球数(9イニング換算)は、04年150球、05年153球、06年143球。これだけ球数が多くては中4日、中5日の登板で結果を出すことは難しい。1イニング15球以内での投球を心がけるべきだろう。

 松坂と違って井川はローテーションの座を確約されているわけではない。ケガで出遅れていた昨季19勝右腕の王建民、若手成長株のジェフ・カーステンスの復帰も近づいている。
 鈍感力もいいが、修正も求められている。

<この原稿は07年4月29日号「サンデー毎日」に掲載されています>

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