水を着る、水になる――。北京五輪に向けたミズノの競泳水着の発表会がこのほど開催された。今回開発された「アクセルスーツ WATERGENE」(http://www.mizuno-watergene.com)のコンセプトは水との融合。最速魚のカジキをヒントに従来の常識を覆すスイムスーツが、ここに誕生した。

(写真:新作水着を披露する北島選手(中央)、寺川選手(右)とミズノ・水野社長)
 生きた魚を触ったことのある人なら、その表面がぬるぬるとすべることに気づくだろう。魚は自ら表面に親水性の物質を出すことで、泳ぐ際に水から受ける抵抗を軽減させている。この親水性の物質がぬめりの正体というわけだ。
 時速100キロ以上のスピードを出すとされるカジキも体からぬめりを出しながら、大海を泳ぐ。最速魚のメカニズムを人間の水着に応用できないか。それが開発の出発点だった。

「ひとつの知識として、そのアイデアはずっと持っていました。ただ、実現は無理かなと思っていたんです」
 そう語るのは今回のスイムスーツの制作を担当したウエア開発課の松崎健さんだ。入社後、水着づくりに携わること20年以上。常に最先端のテクノロジーを注入してきた。

 水着にとって最も必要なのは低抵抗であること。水中の選手に少しでもひっかかるような感覚があればベストパフォーマンスは望めない。そのため、これまでは水をはじく素材を使用することで、抵抗感を軽減させる方向にエネルギーを注いできた。

 サメの皮膚をヒントにした「ファーストスキン」が話題を集めたのは8年前のシドニー五輪。これまで泳ぎには邪魔なものとして小型化の一途をたどっていたスイムスーツの歴史が変わった。選手の負担にならず、かつ体の凹凸を抑え、水中での姿勢を保持する。水着は選手の泳ぎをサポートするもの、との認識がトップスイマーを中心に広まったのだ。4年前のアテネ五輪ではこれを更に進化させた「ファーストスキンFS2」が登場。北島康介が平泳ぎ2冠を達成した。

 しかし――。「開発のたびに撥水性の素材で可能な選択肢はどんどん少なくなっていく。このままでは限界だと感じたんです」(松崎さん)。無理だと思っていた魚の皮膚のような素材、つまり撥水から親水への大転換は「決断せざるを得ない」状況で開発がスタートしたのだ。

 一番ネックになったのは、親水性の物質をいかに素材に加工するか。単に魚のように表面をぬるぬるさせるだけでは、泳いでいるうちに流れ落ちてしまう。
「試行錯誤の末に、親水性のポリマーを他の物質で被うように保持させて固着させる手法にたどりつきました。それが突破口になりましたね」

 この新技術には2つのメリットがある。まず、親水性のポリマーは固着しているため、水中に流れ出さない。そして親水性のポリマーを導入しているにもかわらず、必要以上に水を取り込まない。
 親水性ポリマーは紙おむつにも使われているように、水を吸い込むだけ吸い込んでジェル化し、膨張する。水着の場合、これでは重くなって選手のパフォーマンスを低下させてしまう。しかし、他の物質で被って固着させることで、水を吸い込んで膨らむ量は極めて限定的になる。水となじみつつも、従来の撥水素材と水の吸収量は変わらない。そんな理想的な素材が誕生したのだ。

 さらに表面には撥水プリントを部分加工。これにより、選手が泳ぐ際には親水部分と撥水部分の組み合わせでスムーズな縦渦が発生する。水となじみ、かつ水を抵抗なく流す。「マーリンコンプ」と名づけられた新素材は従来比で8%の抵抗削減に成功した。
(写真:水をかけたときのマーリンコンプ(左)と従来素材の比較。藍色の撥水部分と、グレーの親水部分がはっきりわかる)

 もちろん動きやすさの追求においても妥協は許さない。生地には、より細い糸を使い、柔軟な動きに対応が可能だ。水着を着たときの締め付け感はこれまでの3分の2に減っている。ウエア設計でもミズノ独自の手法「バーチャルボディデザイン」を活用し、選手の体の伸縮に合わせて、パーツごとに高密度の編地部分とストレッチ素材部分を組み合わせた。これにより人体が受ける形状も含めた抵抗は従来から1.2%削減されている。

 “水との融合”と聞いて「水を吸って重くなるのでは?」と半信半疑だった選手たちは、試着をして一様に驚きの声をあげた。北島選手は「今までと違う。水着が体を押してくれる感じ」と語れば、女子背泳ぎの寺川綾選手(ミズノ)は「水が近くにある感じ。何回着ても新鮮な驚きがある。フィット感もいい」と表現した。ミズノスイムチームに所属する男子背泳ぎの中野高選手も「この水着を着ると、水に浮いている感覚がする」と感想を述べた。
(写真:会見で感想を語る寺川選手)

 現在、世界の競泳界ではSPEEDO社の最新水着が大きな話題となっている。今年に入って出た18の世界新記録のうち、17がSPEEDO社の水着を着用した選手によるもの。「世界一速い水着をつくってほしい」。そんな声が関係者からは出ている。

「でも、僕から見たら力のある選手が記録を出している。それが水着のおかげだとは思っていない」
 そう語る北島は水着に最も大切な要素を「これを着たら、自分は強いんだと思える安心感」と答える。その思いは開発者の松崎さんも同じだ。「理想の水着は選手が100%の安心感を持てるもの」と話す。どんなに低抵抗の素材を生み出したとしても、それを着て泳ぐのは人間だ。最先端のテクノロジーが、最高のスキルとうまく合体しなければ、最強のスイマーは生まれない。

「ミズノのスイムスーツを着ていただく選手には、結果は別にして、ぜひベストのパフォーマンスを見せてほしい。それを可能にするためのものはすべてつぎこみました。胸を張って出せる今回の新作です」
 松崎さんも注目する北京五輪。その出場権をかけた日本選手権がいよいよ開幕した。「新しい水着で新しい北島康介を見せる」と表明した北島やミズノスイムチームの選手たちは、新作スイムスーツでどんな泳ぎを見せてくれるのか。その答えが出る15日からの6日間は目が離せない。


『水を着る、水になる。』ジェル加工水着 
ミズノ アクセルスーツ「WATER GENE」


 ミズノでは、表面にジェル加工を施すことで水になじむ親水素材を開発、これを採用し、さらなる低抵抗を追求した新水着ミズノアクセルスーツ「WATER GENE」(ウォータージーン)を完成させました。
 この水着は今後、北島選手を始めとする多くのトップ選手が「第84回日本選手権水泳競技大会競泳競技 兼 第29回オリンピック競技大会代表選手選考会」(4月15日〜20日)から使用します。
 ミズノアクセルスーツ「WATER GENE」は4月15日から一部の店舗で先行発売、6月1日に全国のミズノ品取扱店で一斉発売します。
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(このコーナーでは北京五輪に向けたミズノの取り組みと、子どもたちへの普及、育成活動を随時レポートします)
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