サイクルロードレースというのはチームスポーツだ。
 優勝するのは個人で、表彰されるのも個人。一見したところ個人競技に思われるのだが、その戦略は複雑で、あくまでもチームとしての力が勝負を大きく左右する。この仕組みが分かるとサイクルロードレースの面白さがぐっと深まるのだ。

(写真:アジア選手権表彰式にて。優勝の別府選手と3位の宮澤選手(4/17))
 その理由の鍵は、風の抵抗にある。ご存知のようにスピードが増してくると風の抵抗は大きくなる。走っている車から少し手を出してもらうとそれは顕著だろう。ロードレースにおいては平均的なスピードが40km以上にもなるので、この抵抗との戦いとなる。これが他の選手の後ろにつくと大きく軽減され、一人で走る時に比べて2/3程度の力で走れることになる。すると誰もが前を行きたがらなくなってしまうのだが、チームメイトを勝たせる為に前を引いたり、時に他チームの後ろについてプレッシャーをかけてみたり、上手く利用するのがチームプレイの基本だ。

 しかし、表彰されるのは個人であるが為に、自分の力を人の為に使うのは容易い事ではない。誰しもが、自分の勝利の為に走りたいところを、チームメイトの為に犠牲となって走るのだ。ましてや、周りがこの仕組みを正しく理解し、評価してくれないと納得出来ないし、心から納得していないとこれは成立しない。もちろんロードレースに真剣に取り組んでいるものにとって、この仕組みは身体に染み付いており、自分のチームのエースを勝たすべく、チーム一丸で身を粉にして働く。そしてエースが表彰式で喝采を浴びているのを見ながら、じっくりと自分達の成功をかみしめるのだ。

 通常、所属しているチームではその役割は分担されていて、コースやレース、コンディションによって戦略と役割を決めていく。それに従わないものはロードレースの選手として務まらない。ところが、時折召集されるナショナルチームになると、その役割分担が微妙になる。テンポラリーで集められるチームではチームへの帰属意識も低いし、我こそがという気持ちになりやすい。また各チームのエースが集められる訳で、その選手にアシストをしろといってもなかなか上手く行かない。4番バッターばかり集めても打線が上手く行かない事と似ているだろう。そのため近年では、イタリアなどの選手層が厚い国で、あえてエースばかりを招集せず、アシストが得意な選手を集めたりしてチーム構成を図ると事がある。もっともこれを日本がやると、戦力ダウンとなり話にならないのが難しいところだが…。

 ところが、先日行われたアジア選手権において、日本チームは過去にない素晴らしいチームプレイを見せ、見事に勝利を掴みとった。日本がアジアで優勝するのは珍しいことではなく、これ自体を歴史的な快挙と呼ぶわけにはいかないが、チーム一丸として勝ち取った勝利としては歴史的な快挙と言ってもいいだろう。そのくらい会心のレースだった。

 メンバーは若きエースの新城幸也、スプリントの得意な宮澤崇志、独走力に定評のある西谷泰治、本場で活動中の別府史之。文句なしの日本のベストメンバーだ。しかしエースの集まったこのメンバーにチームプレイが出来るのか? 過去にナショナルチームがチームとして機能した例は少ない。ましてや今回はオリンピック選考対象レースの1つに選ばれた事もあり、どの選手も個人の成績が欲しいはず。また日本のメディアはなかなかロードレースのセオリーを理解してくれないとなると……。

 しかし、彼らの走りは見事だった。他国チームの動きに誰かが反応。本来、エースになるべく選手はなかなか前半からこういった動きが出来ないのが通例であるが、4人の誰もがこの仕事を進んでやっているように見えるほど素早い反応だった。結局後半になるまでこの繰り返しは続いたが、どんな逃げにも、どんな攻撃にも日本代表ジャージは逃すことなく反応していた。
 最終局面で、8人のエスケープが決まり、なんとこの中に日本選手を3人も送り込むことに成功した。もちろん他国の比ではない。ここからの日の丸ジャージの代わる代わるのアックに、強豪のカサフスタンやウズベキスタンの選手も疲労していく。最後は別府が決めて、見事に日本チームに勝利をもたらした。

(写真:アジア選手権で優勝した別府史之選手)
「やはり別府はすごいね」と多くのメディアは感想を漏らす。もちろん別府は素晴らしかった。あの局面で勝った事は十分に賞賛に値する。しかし、この勝利は別府だけのものではない。そう、日本選手4人の総力をあげての結果だ。他の3人の走り無しにこの優勝がなかったのは、別府本人も記者会見で繰り返し発言していた通り。自身がゴールする手前から、別府の勝利を見て心からのガッツポーズをしている西谷の姿を見て涙が出る思いだった。

 レース後に、宮澤がこのように答えていたのが印象的だった。
「僕達は、勝つことが、結果を出す事が大切なのです。それは僕がじゃない、僕達の結果なのです」
 日本チームが新しい時代に向けて動き出したことを実感させてくれるレースに、春の冷たい雨など忘れてしまった1日だった。


白戸太朗オフィシャルサイト

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。
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