現在、毎夜ツールドフランスの中継を担当している。今年は絶対的な本命がいないので、大混戦模様が続き、近年にない面白さ。フランス人選手が元気な事もあって、フランス国内でも盛り上がっているようだ。

(写真:サイクルロードレースの様子。写真は今年1月のツアー・オブ・カタール)
 ツールドフランスを始めとするサイクルロードレースは、ここ数年「ドーピング問題」に苦しめられてきた。そもそもドーピング規制が自転車レースの死亡事故から始まったくらいなので、この問題と自転車界の付き合いは長いのだが、さすがにここ数年の混乱は大きなイメージダウンになり、ヨーロッパでは子供の競技人口がかなり減ってしまったとも聞く。スポンサーの業界離れも顕著で、昨年から今年にかけて多くのチームのスポンサーが撤退してしまった。もちろん原因は選手やチームにあるのだが、厳しい世論に業界全体が疲弊していたのも事実である。

(写真:ツールドフランス中継のスタジオ風景)
 ところが今年に入ってその流れに変化が見えはじめた。まず、スポンサーを失って苦しんでいたプロチームが新しい運営方式でチームを動かし始めた。今まではスポンサーがなければチームは解散か、活動停止だったのが、運営母体の会社がチームを走らせ、そのなかでスポンサーを募っていくという手法だ。また、チームの活動方針も斬新で、レースの参加数や、マーケティング手法も新しく、明らかに従来のヨーロッパ型の運営とは変わってきた。たとえばレース数を減らして調整をしっかりさせるとか、ユニフォームのデザインを一般公募して話題をさらうというもの。数年前なら「常識知らず」とはじかれるか、鼻で笑われて受け入れてもらえなかったような活動だが、疲弊していた業界には反発する元気もなかったのかもしれない。しかし、それが新しい風を呼び込む事になり、確実に業界全体の活性化につながっているようだ。

 それを象徴付けるように、こんなチームたちがシーズン途中にもかかわらずメインスポンサーを獲得した。オランダの銀行「ラボバンク」がスポンサーするチームは、その社名と同じく「ラボバンク」というように、スポンサー名がそのままチーム名になることが多いこの業界。その中で、シーズン途中から、新スポンサーつまり新チーム名を名乗って出場しているのだ。過去に例があまりない特殊な形と言えるだろう。そして、そのスポンサー企業が「コロンビア」と「ガーミン」というアメリカ系の企業である事は偶然とは思えない。従来のヨーロッパ企業でなく、アメリカ系企業を呼び込めるような運営形態と手法が、新しいスポンサー獲得に寄与したのだろう。まさに新しい形、新しい運営方式のチームが認められていく瞬間なのかもしれない。

 一部にはこの流れを、「業界がアメリカナイズされてしまう」と嘆く声もある。しかし、世の中で残っていくために悪い連鎖と習慣は変えていかなければならないのは明白だ。このままではこのスポーツ自体の凋落に結びつきかねない。アメリカの企業がという問題でなく、世界的に理解される運営が必要になってきたということなのだ。くしくも今年はカデル・エヴァンス選手が史上初めてオーストラリア人として総合優勝するかもしれない。サイクルロードレースが世界に広がっている証明だろう。ヨーロッパだけを向いて、ヨーロッパだけで受け入れられていればいい時代ではなく、世界で受け入れられなければならない。そのためには業界も変わっていく必要があるのかもしれない。

 さて、大混戦のツールが、新しい業界の幕開けにふさわしい形で終るのか。
 7月27日の最終日まで、私の夜型生活は続く……。



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白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。
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