「日米の国交は断絶だ。日本のメジャーリーガーは全員引き揚げさせる」
 いやはや凄まじい怒りだ。
 今秋のドラフトの超目玉で、アマチュア球界ナンバーワン右腕といわれる田澤純一(新日本石油ENEOS)がボストン・レッドソックスに狙われていると知った巨人・滝鼻貞雄オーナーのセリフだ。

 いくら「球界の盟主」である巨人のオーナーでも、アマの有力選手をメジャーリーグに奪われたくらいで日米の国交を断絶することはできない(やれるならスゴイ話だが)。日本人メジャーリーガーを全員引き揚げることも、もちろん無理な話だ。
“ひと山いくら”の選手なら滝鼻オーナーが、これほど激怒することはあるまい。田澤が数年に一度の逸材だから、つい心にもないことを口走ってしまったのだろう。

 田澤の実力はまさにメジャーリーガークラスだ。身長181センチ、体重81キロ。均整のとれた体から最速156キロのストレートとスライダー、フォークなどを投げ分ける。
 先発だけではなくクローザーの経験もある。地元の横浜、オリックス、北海道日本ハムなどが早くも1巡目指名候補にあげている。
 先の都市対抗野球では全5試合に登板して、4勝をあげ、防御率1.27。チームの優勝に貢献した。プロ野球でも間違いなく1年目から2ケタは勝つだろう。

 レッドソックスが目をつけているという話は早くからあった。松坂大輔、岡島秀樹の活躍が“ルック・ファー・イースト”政策に拍車をかけたのだ。
 周知のように松坂を獲得するのに、レッドソックスは5111万ドル(約60億円)の入札金と5200万ドル(約61億円=6年)の年俸を必要とした。これは富裕球団のレッドソックスとはいえ、決して安価なギャランティではない。
 日本にこれだけの好投手がいるのなら、もっと安く獲得しよう。狙うならアマチュア――そう考えても不思議ではない。

 さらに言えばメジャーリーグと日本プロ野球の協定に「アマチュア選手を獲得してはならない」という項目はない。メジャーリーグであれ、マイナーリーグであれ、アマ選手が「アメリカでプレーする」と言い出せば、それを止める手立ては何もない。

 まして田澤はメジャーリーグ志向だという。日本のプロ野球に身を投じれば、現行ではFA権を取得するのに最低でも9年(海外移籍の場合)かかる。現在、田澤は22歳。プロで1年目から活躍しても、海外へのFA権を取得した時には31歳だ。旬の時期を過ぎている可能性もある。
「どうせメジャーリーグでやるのなら(日本プロ野球を迂回することなく)最初から」
 田澤はそう考えているのではないか。逆に言えば、それだけ自らの右腕に自信があるのだろう。

 ジャパン・パッシングならぬNPBパッシング。プロ野球に、またひとつ頭の痛い問題が持ち上がった。

<この原稿は2008年9月28日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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