頼りになるのか、ならないのか、さっぱりわからない。だがスタメンに名を連ねていないと、ちょっと寂しい気持ちになる。それが広島の外国人スコット・シーボルだ。

 昨季はマーリンズ傘下の3Aアルバカーキでプレーしていた。打率3割、32本塁打、105打点。FAで阪神に移籍した新井貴浩の穴を埋める大砲として大きな期待が寄せられた。
 しかし現在(9月24日)の成績は打率2割6分5厘、12本塁打、42打点。193センチ、91キロという巨体ながらパワー不足で飛距離が出ない。
 守備でもポロポロやっている。外国人をABCの3段階で評価すれば、BマイナスかCプラスといったあたりか。
 お世辞にも“助っ人”とは呼べないシーボルだが、意外な場面で大仕事をやってのける。7月27日の横浜戦では、延長10回、2死満塁の場面で打席に立ち、サヨナラ満塁弾を市民球場のレフトスタンドに叩き込んだ。

 広島における意外性の男、といえば思い出されるのが、1975年、初優勝に貢献したリッチー・シェーンブラム(登録名はシェーン)だ。
 やる気があるのかないのかわからないような選手だったが、期待していないとよく打った。75年5月17日、勝てば2年ぶりの首位浮上となる大洋戦でプロ野球史上初の左右両打席本塁打を記録している。
 優勝を争っている最中の巨人戦、ユダヤ教であることを理由に試合を欠場した。古葉竹識監督が何度も出場を打診したがダメだった。ちょうど、その日はユダヤ教徒にとって「懺悔の日」にあたったのだ。今となっては懐かしい話だ。

 80年のリーグ優勝、日本一に貢献したマイク・デュプリーも「意外性の男」だった。阪神との開幕戦で、工藤一彦からいきなりサヨナラ本塁打を見舞った。もうこれ以上ない鮮烈なデビューだった。
 強肩でレフトの守備は安定していたが、バッティングはパッとしなかった。打率2割6分6厘、10本塁打、40打点。結局、1年でクビになった。

 89年から91年までの3年間、カープに在籍したロデリック・アレンも記憶に残る選手だ。下半身を使わず、腕っぷしだけでバットを振っていた。
 タイトルにからむような活躍はみせられなかったが、90年には史上14人目となる4打席連続本塁打をマークしている。俊敏な印象はなかったが、乱闘でピッチャーを追い回す時だけはスプリンターなみの追い足をみせた。

 シーボルも「意外性」の系譜に名を連ねる外国人である。クリーンアップを打たせるのは心許ないが、6番か7番に置いておくと、妙な期待感を抱かせる。
 9月24日現在、カープは4位。3位・中日とのゲーム差はわずかに0.5。忘れた頃に活躍するシーボルは、クライマックスシリーズ(CS)出場のカギを握る選手と言えるかもしれない。甘く見ていると痛い目に遭う。

<この原稿は2008年10月12日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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