世界最高峰の自転車レース「ツール・ド・フランス」は後半戦に突入した。今年で96回目を迎える大会は、4日にモナコをスタートし、26日のパリ・シャンゼリゼのゴールまで、23日間(2日の休息日を含む)で約3500キロを走り抜ける。広大な大地や急勾配の山道を色とりどりのジャージを来た選手たちが自転車で駆け抜ける様は壮観だ。

 今回のツールは周知の通り、2人の日本人が参加している。新城幸也(Bboxブイグテレコム)と別府史之(スキル・シマノ)。100年以上の伝統を誇るこの大会において、過去スタートラインに立った日本人はわずかに2人のみ。戦後では1996年の今中大介ひとりだけだった。スプリント競技においては中野浩一が世界選手権10連覇を達成したり、アテネ五輪のチームスプリントで銀メダルを獲得したりと、国際舞台で結果を残している日本自転車界だが、ロードレースとなると欧米との差は大きい。その中で2人の選手が一度に出場するのは快挙と言っていい。

 生え抜きの別府、遅咲きの新城

 新城は沖縄県出身の24歳。身長170センチと小柄な体、さらに自転車競技を本格的に始めたのが高校卒業後といったハンデを乗り越え、年々、力をつけた選手だ。昨年末、フランスの強豪チーム「Bboxブイグテレコム」と1年契約を結び、晴れの舞台への挑戦権を得た。チームの出場メンバー(9名)のうち先行発表された6選手の中に名前が入っていたように、彼の走りに対する評価は高い。

 別府はオランダのプロチーム「スキル・シマノ」の所属だ。名前からも分かるように、日本の自転車メーカー「シマノ」がスポンサードするチームで、今回がツール初出場である。別府は小学生の頃から自転車競技を始め、世界と戦ってきた。昨年の北京五輪にも出場している。今回は直前の6月にフランスのピレネーで開催されたルート・ド・スッドにて山岳賞を獲得するなど実績を残し、念願のメンバー入りを果たした。

 生え抜きと遅咲き――好対照な競技歴を持つ2人の日本人だが、ここまではなかなかの活躍をみせている。まず第2ステージでは、新城が日本人最高順位となる5位に入った。終盤の直角カーブでトップ集団外側の選手が曲がりきれずに相次いで転倒したスキを突き、最後までスプリント勝負を争った。結果、ステージ優勝をおさめたマーク・カベンディッシュ(英国)とはタイム差なし、距離にしてわずか数メートル差。チームを率いるジャン・ルネ・ベルノドー総監督は「幸せだ! ユキヤが素晴らしい選手だというのは知っていたが、このレベルの大会(ツール)でこの結果を残すなんてとにかく驚いたよ」と語り、健闘を称えた。

 翌日の第3ステージは別府が魅せる。この日は自身の欧州での拠点であるマルセイユからスタートするコース。別府は“地の利”をうまく活かした。南フランス特有の強風が吹き荒れる中、チームメイトとともに積極的に前へ出て、レースを牽引。「身体的にきつかった。でも前の方ですごくいい仕事ができたし、うまく終えることができた」。前日に続いてステージを制したカベンディッシュ(英国)とはタイム差なしの8位でゴール。所属する「スキル・シマノ」も6人が上位に入った。

 死の山が待ち受ける終盤ステージ

 しかし、ツールの神様は新参者の2人に常に微笑んでくれるわけではない。ピレネー山脈を越える中盤のステージに入り、新城は落車により臀部を負傷。別府は腹痛に襲われ、以降は満足なレースができていない。実は、過去出場した日本人で、ゴール地点にたどり着いた選手はひとりもいない。13年前に出場した今中も第14ステージで制限時間内にゴールできず、無念のリタイアとなっている。

 レースはいよいよこれからが佳境だ。まず21日に行われる第16ステージでは、グラン・サン・ベルナール峠越えが待っている。峠の標高は今大会の最高地点となる2473メートル。富士山でいえば五合目にあたる高さだ。長い坂道とともに高地の酸素不足とも戦わなくてはならない。

 さらに25日に実施される第20ステージは今回のコースでもっとも過酷だ。ラスト21キロ地点から約1600メートルの標高差を一気に上がり、死の山と呼ばれるモン・ヴァントゥーの頂上を目指す。過去には命を落としたり、呼吸困難に陥った選手もいる、まさに“地獄”のコースなのだ。ここを乗り切れば、あとはパリへのラストステージを残すのみ。総合優勝の行方を左右する最終決戦の舞台でもある。

 ツール・ド・フランス中継を見ていて、心引かれるのは目まぐるしく変化する周囲の風景だ。牛や馬がのんびりと放牧している草原地帯を颯爽と駆け抜けることもあれば、険しい山岳地帯を選手たちが歯をくいしばって力走する。昔ながらの街並みや、古城も画面の中に次々と飛び込んでくる。このように家にいながらにして、旅行気分を味わえる点もツールならではの魅力だろう。

 年に1度のお祭り

 ツールはフランス人にとって年に1度のお祭りである。選手の通過を待つ人々の応援も熱狂的だ。道幅が狭い場所では、観衆がコース内にはみ出し、選手たちがなかなか前に進めないこともある。長いレースの終着点となるパリでは、選手たちがシャンパンを飲みながら完走を祝う。迎える市民たちも老若男女問わず、楽しそうだ。

 私は11年前、サッカーW杯の取材でフランスを訪ねた。ホスト国として優勝した直後のシャンゼリゼ通りは民衆で埋め尽くされていた。スタジアムからの帰り道では、頭上で爆竹が破裂し、足元にはワインのボトルがいくつも転がっていた。世界中の歓喜をかき集めても、この日のパリの夜の祝祭を目の当たりにしては、小さな微笑み程度のものだと思えるほどのお祭り騒ぎだった。

 果たして、23日間の祭典の締めくくりにはどんな歓喜の瞬間が待っているのか。ぜひ新城、別府の2選手が万雷の拍手に包まれながら、無事フィニッシュする光景がテレビで見られることを楽しみにしたい。


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