09−10シーズン前に大物選手の移籍が相次いだヨーロッパサッカー界。ここ数年で一番の盛り上がりを見せたストーブリーグだった。今季のサッカースケジュールはシーズン終了後にW杯南アフリカ大会を控えているため、例年より早い時期に各国リーグが開幕している。フランス、ドイツ、オランダのリーグがすでにスタートしているが、今週末15日(土)から欧州最強リーグ、イングランド・プレミアリーグが開幕する。さらに30日からスペイン・リーガエスパニョーラもスタートし、欧州に本格的なサッカーシーズンがやってくる。

 現在、UEFA(欧州サッカー連盟)リーグランキング首位の座に就いているのはイングランド・プレミアリーグ。2年前にトップの座をリーガエスパニョーラから奪い取った。ここ3シーズンは欧州チャンピオンズリーグ(CL)でベスト4のうち3つを占め、その力を欧州中に見せ付けてきた。しかし、今オフの動向ではスペイン勢に主役の座を奪われた感がある。超大物選手がイングランドからスペインへと流出したが、それでもスター軍団を擁するビッグクラブの魅力が落ちたとはいえない。

 復活を期する“ワンダーボーイ”

 プレミアリーグ最大の注目点は、マンチェスター・ユナイテッドのリーグ4連覇がなるか。チームの主軸でポイントゲッターだったクリスティアーノ・ロナウドがレアル・マドリッドに引き抜かれたものの、クラブを率いて24年目になる名将サー・アレックス・ファーガソンは着実にチームを作り上げている。「今年はウェイン・ルーニー中心のチームになる」と公言しており、24歳になったルーニーへエースストライカーとしての期待がより一層大きくなった。彼と2トップを組むのは技巧派FWディミタール・ベルバトフ、もしくは今季から加入する“元祖・ワンダーボーイ”マイケル・オーウェン。ツートップがうまく機能すれば、ロナウド放出の穴を埋めることができるだろう。さらに18歳の新星FWフェデリコ・マケダの躍進にも期待だ。

 特に新天地で復活を目指すオーウェンに注目したい。ファーガソンは移籍してきたオーウェンにC・ロナウドがつけていた背番号7を与えた。マンチェスター・ユナイテッドにとって『背番号7』は特別な意味を持つ。古くはジョージ・ベスト、80年代後半にはエリック・カントナ、90年代に入りデイビッド・ベッカム。そして昨季までのC・ロナウドとクラブを象徴する選手たちが背負ってきた特別な背番号だ。C・ロナウドと入れ替わりで加入したオーウェンにいきなりその番号を渡した。ファーガソン自らが本人に直接電話をかけ口説き落としたという話もあり、名将にもオーウェンは特別な存在なのだろう。

 98年フランスW杯決勝トーナメント1回戦アルゼンチン戦でセンターライン付近からのドリブルからゴール前に切り込みスーパーゴールを決め、18歳で国民的ヒーローとなったオーウェン。彼もすでに29歳だ。リバプールでの8シーズンは輝いていたが、レアル・マドリッドに移籍した04−05シーズンはクラブの不調とも重なり、たった1年でチームを離れた。その後プレミアリーグのブラックバーンに戻るものの、昨季は名門クラブで2部降格の憂き目を味わう。昨シーズン終了時、オーウェンのサッカー人生はどん底にあったのだ。

 そこでファーガソンは苦しみ悩んでいるかつての“ワンダーボーイ”に手を差しのべた。オーウェン獲得に対し当初周囲の見方は懐疑的だったようだが、今オフのアジア遠征では4試合4ゴールと結果を残している。昨季は絶不調のブラックバーンにあって、オーウェンは8ゴールを記録した。パスの出所がブラックバーンとは比較にならないほど多いユナイテッドならば昨季以上の活躍は間違いない。

「ゴールとパフォーマンスでファーガソンに恩返しがしたい」。絶望の淵から救ってくれた指揮官に対し、オーウェンは入団時に感謝の気持ちを述べている。一度沈んだストライカーの怖さ、必死にゴールに向かうオーウェンの鬼気迫る姿をお見逃しなく!

 どこがユナイテッドを止めるのか!?

 マンU包囲網を形成するライバルの中で、最後まで赤い悪魔を苦しめそうなのはチェルシーだ。オフシーズンでの大物獲得はないものの、放出した選手もいない。完成度の高いチームに、新監督のカルロ・アンチェロッティがどのような味付けを加えるのか。ACミランを3シーズン前に欧州王者に導いた知将が、プレミアシップ奪還とクラブ悲願のCL制覇を狙う。

 対照的に心配なシーズン開幕を迎えるのはリバプールとアーセナルだ。ラファエル・ベニテス率いるリバプールは中盤のキーマン、シャビ・アロンソをレアル・マドリッドに引き抜かれた。シャビ・アロンソとともに中盤の底を支えてきたハビエル・マスチェラーノにも移籍の噂が絶えない。さらにここへきて、スティーブン・ジェラードがそけい部を傷め、開幕戦の出場が危ぶまれている。中盤が機能しなければ、エースのフェルナンド・トーレスが孤立する場面も増えてしまう。効果的な補強が急務だろう。

 アーセナルは過去2シーズンで34得点を挙げてきたエマニュエル・アデバイヨールを放出しFWの柱が定まらない。過去にも無名の若手選手を起用し、チームを上昇気流に乗せてきたアーセン・ベンゲルの手腕に注目が集まる。これまでもいわゆる“ビッグ4”(マンU・チェルシー・リバプール、アーセナル)の中では弱い資金力で互角の戦いをみせてきたアーセナルとベンゲル。百戦錬磨の指揮官はこの難局も持ち前の慧眼で乗り越えることができるのか。

 ビッグ4の牙城を崩さんと体制を整えているのが、昨季10位のマンチェスター・シティだ。08年9月にUAEの投資会社がクラブを買収して以降、潤沢な資金を背景に大物選手の補強を繰り返してきた。昨シーズン14ゴールをあげたロビーニョに加え、今オフはマンUからカルロス・テベスを、アーセナルからアデバイヨルを、アストンヴィラからギャレス・バリーを獲得し、確実にチーム力を上げている。金にモノを言わせてスター選手を獲得しているが、彼らがプレミアリーグで結果を出している選手ばかりという点は見逃せない。リスクの低い、上手な買い物といえる。生え抜きのスティーブン・アイルランドらとマッチできれば、ビッグ4の一角を崩しCL出場権を獲得することもあり得る。

 超大型補強のレアルと最小限補強のバルサ

 一方、プレミアリーグに対し巻き返しを狙うのがスペイン・リーガエスパニョーラだ。08−09シーズンはバルセロナが史上初の3冠(CL、リーガエスパニョーラ、スペイン国王杯)を達成し、世界中のサッカーファンを魅了した。

 ライバルの栄光に対し“白い巨人”レアル・マドリッドが指をくわえて傍観しているわけはない。今年6月、フロンティーノ・ペレス会長が3年ぶりに復帰し、第2期銀河系軍団結成に着手した。前述のC・ロナウド、シャビ・アロンソをはじめ、ACミランからカカ、リヨンからカリム・ベンゼマの引き抜きに成功。彼らの獲得にはおよそ400億円が使われたという。ここまで派手な補強をしたからには、勝利だけでなく内容の充実も問われる。豪華な選手をピッチに並べても、瞬時に美しいサッカーができるとは限らない。チームがうまく機能するまでには少し時間がかかるだろう。その間に世界中からの厳しい目が選手たちへの重圧とならないことを祈りたいものだ。

 王者・バルセロナも積極的な補強に動いた。5年間クラブを支えたサミュエル・エトーを放出し、ズラタン・イブラヒモビッチをインテルから獲得した。世界最高のストライカーとの呼び声も高いイブラヒモビッチの獲得は大きな戦力アップといえよう。ティエリ・アンリ、リオネル・メッシと形成される3トップは破壊力抜群だ。彼らが長期離脱でもしない限り、バルサは昨年の輝きを一層眩いものとするだろう。

 セビージャやアトレティコ・マドリッド、バレンシアといった2強を追うクラブの戦いぶりにも注目したいが、日本から多くの視線が集中するのは、中村俊輔が移籍したエスパニョールだ。スコットランドのセルティックから移籍した中村だが、中盤に好選手が揃うエスパニョールでは定位置は保証されていない。エスパニョールの中盤のキーマンはイバン・デ・ラ・ペーニャだ。かつてバルセロナに所属し「ロナウドの恋人」とまで称された天才パサー。エスパニョールに在籍して8年目のシーズンを迎えるが、33歳になった今でも抜群のパスセンスは健在だ。中村と併用されることで攻撃の幅が広がれば、強豪ひしめくリーガで上位に進出しても不思議ではない。

 しかし、エスパニョールに不幸なアクシデントが襲ったのは8月11日。イタリア遠征中日に主将を務めるダニエル・ハルケが心臓発作で急死したのだ。中村を始めとしたチームメイトは動揺を隠せず、クラブ練習は中止したまま。開幕直前期での大きな混乱は確実にシーズンへ影響するだろう。悲しい事故を乗り越えクラブが結束すれば、ハルケの死も報われるというもの。09−10シーズンはハルケへの弔い合戦になりそうだ。

 日本人選手は本田に注目!

 イングランド、スペイン以外の国でも、ジョゼ・モウリーニョ率いるインテルや、日本でもお馴染みのレオナルドが新監督に就任したACミランが覇権を狙うイタリア・セリエA、昨季、長谷部誠が在籍するヴォルフスブルグが初優勝を果たしたドイツ・ブンデスリーガ。さらには松井大輔(グルノーブル)や稲本潤一の活躍が期待されるフランス・リーグ1などで激しい戦いが繰り広げられる。

 今季も欧州で活躍する日本人選手が多くいるが、その中でも本田圭佑から目が離せない。昨季はオランダ2部VVVフェンロで活躍し、リーグ優勝と1部昇格の原動力となった本田だが、すでに今シーズン開幕2試合で3ゴール、1アシストを記録している。プレシーズンマッチから絶好調の本田には、欧州のビッグクラブが触手を伸ばしているという。8月末日に一旦閉じる移籍マーケットだが、この2週間で本田のユニフォームが変わっている可能性も低くない。もちろんフェンロに残留した場合でも、オランダ・エールディヴィジにはアヤックスやAZといったクラブがひしめいている。その中で、本田の左足がどこまで通用するのか。W杯に向けても彼の活躍は見逃せない。

 イングランドの強さばかりが目立っていたここ数年のCLも、今季は大きく様変わりするかもしれない。バルセロナの2連覇、もしくは大型補強を断行したレアル帝国の逆襲はあるのか。今までの価値観が覆されるシーズンになること必至だ。

 サッカーに限らず全てのスポーツに言えることだが、注目の集まる大きな大会を“点”で楽しむだけでなく、そこへ至る道を“線”で楽しむことがスポーツ観戦の醍醐味だ。例年よりも1カ月ほど早く開幕する欧州各国のリーグ戦。南アフリアW杯に向けて、各国代表選手の活躍ぶりをチェックしたい。W杯までの1シーズン、選手たちのクラブでの戦いぶりを“線”で追いかけることによって、W杯がより魅力的なイベントになる。史上最大の祝祭が行われる09−10シーズン。サッカー世界地図のど真ん中、ヨーロッパのシーンを十分に楽しもうではないか。




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