ハラハラ、ドキドキ、ワクワク――これがスポーツを盛り上げるための3大要素である。
 プロ野球のポストシーズンゲームには、この3つの要素がすべて含まれている。今日負けても明日があるレギュラーシーズンのゲームとは異なり、クライマックスシリーズ(CS)、日本シリーズは短期決戦である。基本的に「明日なき戦い」なのだ。プレーする側も観戦する側も普段とは異なる緊張を強いられる。日常生活では味わえない熱狂と悲嘆が、そこにはある。

 CS導入とライフスタイルの変化

 長きにわたってプロ野球がスポーツ界の王座に君臨してきた理由――それは球界の1年の流れが日本人のライフサイクルに合致してきたからだと私は考えている。言わずもがな日本人は稲作を中心とした生活をしてきた。春浅い2月にスタートするキャンプは、稲作でいえば“田起こし”だ。それが終われば“苗代”である。これはオープン戦にあたる。ここでしっかり選手ならぬ苗を育てる。

 春になれば待ちに待った開幕だ。稲作でいえば“田植え”である。4、5、6月とペナントレースの前半を戦い、稲がある程度実ってくると夏祭りの季節がやってくる。プロ野球でいえば、“夢の球宴”がそれにあたる。
 
 厳しい夏の暑さや台風を乗り越えると実りの秋である。日本シリーズは、いわゆる収穫祭である。祭りが終われば、翌年の準備にとりかかる。それがドラフト会議だ。冬を越え、また新たな春の日差しを待つ。プロ野球は日本人にとって「日常」そのものだったと言えるだろう。

 ところが昨今、農村は疲弊し、米の消費量もピーク時と比べると半減した。もはや日本人=稲作中心の生活との定義自体が心もとない。このCSも今年で導入から3年目を迎える。パ・リーグではセ・リーグに先立ち、2004年からプレーオフ制度を取り入れた。ライフスタイルが変化した今、レギュラーシーズンという名の「日常」よりも、ポストシーズンの「非日常」に人々の興味が吸い寄せられるのは、ある意味、必然なのかもしれない。

 短期決戦に強い野村

「日常」で汗水流して立派な稲を育てたムラが、わずか数週間の「非日常」によって収穫の喜びにありつけないのは、いささか解せない部分もある。しかし、今年のセ・パ両リーグの順位争いを見てもわかるように、通常なら消化試合になるところが、CS出場権をかけた大一番と変貌する。球場には大観衆が詰めかけ、球団経営の面では大いにプラスになっている。特に今季は球団創設5年目にして、東北楽天が初めてポストシーズンの戦いにコマを進めた。今季限りでの退任が決まっている名将・野村克也が最後にどんな秘策を披露するのか、興味は尽きない。

 野村の短期決戦での強さは折り紙付きだ。ヤクルトの監督時代、日本シリーズに4度チームを導き、うち3回日本一に輝いた。敗れた1回も7年間で6度シリーズを制していた黄金時代の西武が相手だった。しかも3勝4敗とあと一歩まで追い詰めた。

 何よりパ・リーグで初めてプレーオフ制度が導入された時の勝者が、野村がプレーイングマネジャーを務めていた南海だったのだ。当時のパ・リーグは阪急の黄金時代。前後期制の導入により、消化試合を減らすことが目的だった。

 前期を制した南海だが、後期は阪急が地力を発揮した。両者の後期の対戦成績は阪急の12勝0敗1分。つまり南海はひとつも勝てなかった。プレーオフは圧倒的に阪急有利とみられていた。

 ところがフタを開けると、南海が3勝2敗で日本シリーズにコマを進めた。勝因は短期決戦でありながら、思い切って捨てゲームをつくった野村の作戦にあった。
「戦力的に見て、南海が劣っているのは明らかでした。全部勝ちに行くと、それこそ全部負けてしまう。だったら1、3、5戦と奇数の試合に全力を投入しよう、あとの2、4戦は負けてもいいと。とにかく、どんなことをしようが3つ勝てばいいわけですから」

 予定通り、初戦と3戦目をとり、2戦目、4戦目は落とした。特に4戦目は1−13のボロ負け。だが、大量得点を奪った阪急打線が最終戦で大振りになることを、野村は見越していたはずだ。第5戦で技巧派の山内新一を先発に立てると、スイスイと6回まで無失点。試合は0−0で迎えた最終回に南海が2本のホームランで勝ち越し、2−1で制した。

「あんな痛快な勝利はなかったですね。試合後申し訳なくて(監督の)西本(幸雄)さんの顔、正面から見られなかった」
 そう野村は語っていた。
「強いところが必ず勝つとは限らない。それが短期決戦というもの」
 おそらく知将の頭脳の中には、CSを勝ち抜くためのローテーションと継投策が準備されているに違いない。

 マー君はリリーフ?

 今季の楽天躍進の要因のひとつは岩隈久志、田中将大、永井怜の先発3本柱が確立されたことである。普通ならCSでもこの3人を中心としたローテーションを組むと考えるだろう。しかし、私はマー君こと田中のリリーフ起用も野村は考えているとみている。

 彼は高校時代からロングリリーフをこなし、プロに入っても五輪やWBCの大舞台でリリーフを経験した。楽天の弱点はブルペンにある。シーズン途中に福盛和男が復帰したことで、終盤にゲームをひっくり返されるケースは少なくなったとはいえ盤石とは言い難い。今季のオールスター前、野村は1点リードの最終回にマー君を抑えにつぎ込んだことがあった。結果は三者凡退、MAX155キロの速球で相手をねじ伏せた。

「マー君、1回だけなら160キロ出すぞ。やっぱり何か持っている。プレッシャーがかかるほど力を出す。昔の稲尾(和久)みたい」
 試合後、辛口の野村にしては、珍しく往年の大投手を引き合いに出して右腕を讃えた。今にして思えば、これはCS、日本シリーズを見据えたテストだったのではないか。

「マー君をリリーフに回す可能性は?」と問うと、野村は間髪入れずに答えた。
「当然、そうですよ」
 煙にまかれると思ったこちらが肩すかしをくらうほど、はっきり言い切った。ということは、さらに、その裏を探らなくてはいけないのか……。

 第1ステージでぶつかる福岡ソフトバンクに対し、打率.319を残しているリンデンの造反や、自らの監督退任を巡るゴタゴタで、チームを取り巻く状況は決して良くはない。一方で逆境に身を置いてこそ、野村克也という男は底力を発揮する。

「まぁ、キザかもしれませんが、弱者の戦略については、もうそればっかり考えてきましたよ。強いチームの監督をしたことがありませんから。弱者は強者と同じことをやっていてもダメなんです。目に見えないプラスアルファをどうチームにもたらせるか。その一環として情報の収集、分析、そして活用がある。こうした無形の力が加わって初めて、強者の胸を借りることができるんです」

 野村曰く、「戦いは“戦力”“士気”“変化”“心理”の4つの要素で成り立っている」という。試合前には自軍と敵の“戦力”を徹底的に洗い出し、これだけ準備すれば負けないと味方の“士気”を高める。プレーボールがかかれば、戦況の“変化”を瞬時に判断し、敵の“心理”を読み取りながら正攻法と奇策を組み合わせる。24年間、プロの監督として戦ってきたすべてが、このCSには凝縮されるはずだ。野村野球の集大成を目にしっかりと焼きつけたい。


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【クライマックスシリーズ日程】 ( )内は中継局、時間は試合開始時刻

◇パ・リーグ第1ステージ(スカイ・A sports+
 東北楽天 × 福岡ソフトバンク クリネックススタジアム宮城
第1戦 10月16日(金) 18時
第2戦 10月17日(土) 13時
第3戦 10月18日(日) 13時

◇パ・リーグ第2ステージ(GAORA
 北海道日本ハム × 第1ステージ勝者 札幌ドーム
第1戦 10月21日(水) 18時15分
第2戦 10月22日(木) 18時15分
第3戦 10月23日(金) 18時15分
第4戦 10月24日(土) 14時
第5戦 10月25日(日) 14時
第6戦 10月26日(月) 18時15分

◇セ・リーグ第1ステージ(J SPORTS2
 中日 × 東京ヤクルト ナゴヤドーム
第1戦 10月17日(土) 18時
第2戦 10月18日(日) 18時
第3戦 10月19日(月) 18時

◇セ・リーグ第2ステージ(日テレG+
 巨人 × 第1ステージ勝者 東京ドーム
第1戦 10月21日(水) 18時
第2戦 10月22日(木) 18時
第3戦 10月23日(金) 18時
第4戦 10月24日(土) 18時
第5戦 10月25日(日) 18時
第6戦 10月26日(月) 18時

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