「これまでやってきたことが打ち砕かれたような気分でした」
 9月の「トキめき新潟国体」。成年女子の愛媛県代表として出場した橋本早苗選手(ダイキ)はショックを受けていた。自身としては2年ぶり5度目となった国体は、遠的、近的ともに予選落ち。2004年には県代表の一員として近的で全国制覇も経験した橋本にとっては、悔しさしか残らない大会となってしまった。
 昨年は四国ブロック予選で国体出場を阻まれた。「今年は国体出場はもちろん、頂点を目指せ!」。愛媛県体育協会会長も務めるダイキの大亀孝裕会長から発破をかけられて臨んだ今シーズン、1年間、射型の安定に取り組んだ成果が出て、橋本は好調だった。今年、ダイキに入社した小早川貴子、松山大の北風磨理と3名で組んだ愛媛県代表は四国予選を遠的、近的ともに1位通過。「今の実力を試せると思うとうれしかったです。もちろん結果を出さなくてはいけないプレッシャーはありましたが、楽しみにしていました」。国体直前の調整で、調子の乗らない日があっても、「これが試合で出なくて良かった」と前向きに気持ちを切り替えた。本人いわく「この1年で一番いい状態」で新潟に乗り込んだ。

 遠的予選落ちが生んだ悪循環

 迎えた遠的の予選。3人で10点満点の的を目がけて、8射ずつ計24本の矢を放ち、得点を競う。前半が終了した時点で愛媛の得点は66点。このペースでいけば、予選通過は充分可能なラインだった。ところが――後半に入って、気持ちが守りに入ったのか若い2人の射が乱れ始める。「最初に2人が当てると心強い。でも、ポロポロ外してしまって、どうしても“ここで中てないと”と精神的に追い詰められてしまいました」。経験豊富な橋本も若手のミスをカバーすることができず、後半の点数は41点。予選12位に終わり、上位8チームに与えられる決勝進出のキップを手放した。

「遠的より近的のほうが自信があったので、少なくとも入賞を狙っていたのですが……」
 気持ちを完全に切り替えられないまま臨んだ翌日の近的予選。こちらは3人で8射ずつ計24本の矢を放ち、的に中てた数を競う。橋本が8射で5中だったのに対し、若い2人はともに3中。計11中で決勝進出チームの成績(最低16中)に遠く及ばず、こちらも予選敗退となった。
「確かに若い選手が実力を出せなかったのは事実です。でも力を発揮できる状況をつくれなかったのは私の責任。2人とも初めての国体だっただけに、もっと弓を楽しんでほしかった。楽な気分にさせてあげられなかったのは私の力不足です」
 橋本は唇をかみしめた。会社の支援もあり、毎日、恵まれた環境で弓道に打ちこめている。練習量だって、他に引けをとっているとは思えない。それで、なぜ結果を出せないのか……。年々、レベルが向上する全国との差を痛感し、愛媛に戻った。

 新型インフルエンザで大会開催に暗雲

 国体を終えると、ダイキ弓道部には新たな仕事が待っていた。今年で3回目となる愛媛県ジュニア弓道新人選抜大会の開催準備だ。この大会は日頃、試合の少ない中学生や高校1年生にも機会を設けようと県の弓道連盟とダイキが一緒になって実施している。ダイキの弓道部員も日々の練習と並行して、参加受付やパンフレットの作成業務に携わった。

 ただ、今年は全国的に猛威をふるう新型インフルエンザの影響で開催が危ぶまれた。集団感染のため、事前に4つの学校が一斉にエントリーを取りやめた。また当日も15名の選手が欠席した。「大会で集まった選手たちが感染する危険性もある。ほんとにできるのか」。そんな声も聞かれたという。選手、関係者、観客は全員がマスク着用。少し異様な光景ではあったが、なんとか予定通り日程を終えることができた。

 大会では中学生ながら8射で7中の好成績を収める選手も登場し、周囲を驚かせた。野球やサッカーのメジャースポーツと異なり、弓道は小さい頃から競技に親しめるような環境が少ない。とはいえ“鉄は熱いうちに打て”と言われるように、早い時期から経験を積むことが上達の第一歩である。ジュニアを対象とした今回の大会は、弓道を初めて間もない県内の選手たちにとって、1つの目標になりつつある。

「あの頃は弓に触れるだけで楽しかった。自分の原点に戻った気分になりました」
 ジュニア弓士たちの姿をみながら、橋本は国体惨敗から続いていたモヤモヤが晴れていくのを感じていた。若い選手は射型は荒削りでも、思い切りよく弓を引く。結果ばかりを欲張らず、純粋に的と向き合っている彼たち、彼女たちに昔の自分を見ている気がした。
「試合に出て、経験を積んでくると“中てたい、中てたい”と欲が出てしまう。雑念が入ってしまうんです。弓を引いて矢を射る瞬間の気持ち良さ。弓道の一番楽しい部分を忘れてしまうんですよね」

 必要なのは“楽しむための自信”

 弓を楽しんでいれば、試合にも平常心で臨める。この競技において、メンタル面のコントロールは結果を大きく左右する。まずは弓を楽しむことこそが、好成績をおさめることへの一里塚なのだ。もちろん心から競技を楽しむためには、それだけの練習も必要になる。
「国体のような大舞台には、独特の緊張感がありますからね。試合を楽しむには、それなりの自信がないと無理です。“私はこれだけやった。あとは楽しもう”と。だから結局、この前の敗因は“楽しめるだけの自信がまだなかった”ということでしょう」

 11月より橋本はダイキ弓道部の主将に就任した。リーダーになったからといって、自分ひとりでグイグイ他を引っ張るのではなく、みんなとコミュニケーションをとりながら、全員で成長していける部を目指すつもりだ。個人的にも、このほど弓道五段に昇進し、2010年に向けて良いきっかけができた。
「頂点に立ちたい。来年の目標は遠近両方での優勝です」
 もう新たな年に射る的は明確に定めている。

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(石田洋之)
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