伊予銀行男子テニス部にとって、大一番の大会が間近に迫っている。実業団の頂点を決める日本リーグだ。5年ぶりの決勝トーナメント進出を狙う伊予銀行。まずは12月3〜6日および来年1月22〜24日に行なわれる予選リーグに臨む。11月の日本選手権ミックスダブルスで植木竜太郎選手がクルム伊達公子選手と組み、見事優勝するなどチームは今、上り調子だ。そのチームの現状を秀島達哉監督に訊いた。
(写真:優勝トロフィーを手にする植木選手<左>)

 今シーズン、チーム最大の目標としていたのが国体で好成績を挙げることだった。しかし、2年ぶりに同大会でペアを組んだ植木選手と萩森友寛選手だったが、結果は残念ながら2回戦負け。準々決勝進出が最低ラインと見ていただけに、予想外の結果に誰もが驚きを隠せなかった。

 日本ランキング41位と今やチームのエース格にまで成長した植木選手にとっては、あまりのふがいなさに国体直後は気持ちが沈んでいたという。そんな矢先、一本の電話が入った。秀島監督からだった。
「日本選手権で伊達さんとミックスに出るぞ」
 あまりの驚きに、その日は仕事が手につかなかったという。
「本当にビックリしました。国体後はモチベーションが下がっていましたが、伊達さんと組むと聞いて、『悩んでいても始まらない。伊達さんと組むからにはいいプレーをして優勝しよう』と気持ちを切り替えることができたんです」

 植木選手と伊達選手がペアを組むという案は、伊予銀行がアドバイザーとして指導を受けている小浦武史氏からのものだった。実は小浦氏からの提案を聞いた際、秀島監督は人知れず悩んだという。
「植木にとっては非常にいいチャンスだなと思いました。キャリアの糧にもなりますしね。ただ、不安もありました。というのも、もし負けたとしたら、責任感の強い植木のことですから、なかなか立ち直れなくなってしまうのではないかと思ったのです。もしかしたら、つぶれてしまうかもしれないと」

 だが、秀島監督は植木選手のミックス出場を決めた。「伊達さんと組みたい人はたくさんいますが、誰でもできるわけではありません。こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。それに、何かをやらなければ前進はしませんからね」。指導者としては悩みどころだったが、植木選手の可能性に賭けたのだ。

 とはいえ、世界を転戦している伊達選手とゆっくりと練習する時間など取ることはできなかった。彼女が日本に帰国したのは初戦の前日で、植木選手との練習はわずか1日のみ。それでも植木選手はそれほど不安には思っていなかったという。
「各ペアが練習しているのを見ると練習したいな、と思ったりもしましたが、伊達さんとはずっとコミュニケーションを取っていたので、特に不安な気持ちはありませんでしたね」
 その言葉通り、初戦は余計なプレッシャーも感じずにリラックスして臨み、6−2、6−3のストレート勝ちを収めた。

 最も苦戦したのが2日後の準決勝だった。植木選手からのサーブで始まった第1セット、いきなりのサービスダウン。しかし、すぐにブレイクバックし、3−3にもちこんだ。
「今日は我慢の日だね」
 伊達選手のこの言葉に植木選手も覚悟を決め、じっくりと攻める。一気に3ゲームを連取し、第1セットを6−3で奪った。

 ところが、本当の勝負はここからだった。第2セット、3−2とリードを奪いながら植木選手のサーブを落とし、並ばれてしまう。さらに伊達選手もサービスダウンで3−5とされ、流れは完全に相手に傾きかけた。
「強気で攻めていこう!」
 植木選手と伊達選手はそう声を掛け合い、我慢強く、そして攻めの姿勢を貫いた。結局、相手のサーブをブレイクしたのを皮切りに、4ゲームを連取。7−5で第2セットを取り、初戦に続いてのストレート勝ち。見事、ファイナル進出を決めた。

「この中でプレーするのかぁ」
 決勝当日、植木選手は自分たちの試合の前に行なわれた女子シングルス決勝、男子シングルス準決勝をスタンドで見ていた。有明コロシアムのセンターコートには大勢の観客が詰めかけ、会場には選手の華麗なプレーに歓声と拍手が響きわたっていた。植木選手はこれまでに経験したことのない緊張感を味わっていた。

 しかし、ウォーミングアップをして体を動かしていくうちに、自然と心もほぐされていったという。センターコートに足を踏み入れた途端、会場から拍手が沸き起こった。
「決勝という舞台は独特な雰囲気が漂っていました。こんなチャンス、めったにない。すごく幸せだなぁと思いました」

 第1セットは準決勝同様、植木選手のサーブで始まり、相手にブレイクされてしまったものの、すぐにブレイクバック。一進一退の攻防が続いたが、途中から植木選手と伊達選手のサーブが決まり出し、5−2とリードを奪った。再び植木選手のサーブをブレイクされ5−4と迫られるも、最後は粘り勝ちで第1セットを先取した。

 そして第2セットも接戦となり、4−4となる。伊達選手のサーブをキープして5−4で迎えた第10ゲーム、15−40からノーアドバンテージのデュースにまでもちこんだ。最後は植木選手が上げたロブを相手がバックボレーで返そうとするも、ボールはネットにかかりゲームセット。その瞬間、植木選手はガッツポーズをしながらコートに倒れこんだ。
「あの時は嬉しさもありましたけど、何より優勝できてほっとしたというのが大きかったんです」

 試合後の優勝インタビュー、冗談をまじえながら満面の笑顔で喜びを語っていた植木選手。しかし、最後にこの言葉を言った瞬間、感極まり、涙で声が震えた。
「今まで支えてくれた秀島監督、ありがとうございました」
 セレモニー後、秀島監督の下を訪れると、監督の目にもうっすら涙が浮かんでいるように見えた。

「ファイナル独特の雰囲気を体感したことは、今後の彼にとっては非常に大きい。ペース配分やモチベーションの保ち方についてもわかったんじゃないでしょうか。ぜひ、今回学んだことをこれからの試合に生かしてほしいですね」
 植木選手への指揮官からの期待はますます膨らむ一方。日本リーグでどんな試合を見せてくれるのか、非常に楽しみだ。

 もちろん、植木選手以外の選手も日本リーグに向けて準備は着々と進んでいる。「ケガ人もいないですし、チームの雰囲気は非常にいいですよ」と秀島監督も自信をみなぎらせている。その最大の要因が層が厚いこと。これまではシングルスとダブルスできっちりメンバーをかためてきたが、今回の日本リーグでは対戦相手や選手の調子などによって柔軟にメンバーを組むという。春からかかげてきた体力強化や伊達選手との夏合宿、そしていくつもの試合を重ねてきた結果がチームの底上げにつながっているのだ。

「萩森は国体では結果を出せませんでしたが、昨年以上にスタミナもあるし、調子は悪くないですよ。プレーも安定していますから、計算の立てられる選手です。
 2年目の小川冬樹は今年、植木に負けないくらいにグンと伸びました。8月の四国選手権で優勝、日本選手権でもシングルスで唯一本戦出場しました。どういうテニスをすれば勝てるのかわかってきたようです。
 新人の坂野俊は今まで勝つことができなかった八木宏和選手(リコー)に日本選手権の予選で勝ち、自信を深めています。仕事との両立もできるようになり、精神的にもいい状態で初めての日本リーグに臨めそうです。
 そしてなかなか調子を取り戻すことができていなかった日下部聡も、10月の千代オープンでは久々に決勝に進出するなど、ここにきてようやく復活の兆しを見せています。やはりキャプテンの彼がチームの大黒柱ですからね。日本リーグでも彼を中心に全員でぶつかっていきたいと思っています」(秀島監督)

 21〜23日には日本リーグに向けた合宿が行なわれ、最後の調整をした。「最大の勝負どころ」は第1ステージ。ここでの結果が決勝トーナメント進出に大きな影響を及ぼす。秀島監督を新指揮官に迎えての初年度、伊予銀行にとって最後の、そして最大の戦いが始まる。


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