昨年まで競泳界を席巻した“高速水着”は、今季から大会での着用が禁止される。国際水泳連盟(FINA)の新ルールに基づき、水着の形状や素材について制限がかけられたのだ。素材は繊維のみと決められたため、山本化学工業のバイオラバースイムも当然、水着に使用できない。しかし、このほど、山本化学工業では新ルールに対応した水着素材「BRS−TX1.TX2.」を開発し、この素材を使用した水着がFINAから許可を得た。「従来のバイオラバースイム水着と比べて同等、もしくはそれ以上の効果を実感できるはず」と山本富造社長が胸を張る新素材の秘密に迫りたい。

 撥水と親水を両立

 今回の素材を実際に手にとってみた。空気中で水を垂らしてみると水玉ができ、撥水する。ところが素材を水中に入れた途端、その様子は一変する。表面がぬるぬるした肌さわりに変わり、水によくなじむのだ。撥水と親水――この二律背反する機能を併せ持っているのが、新素材の最大の特徴であり、他社のそれとは最も異なる点だ。

「この複合機能を可能にしているのが繊維に吸着させたミセル分子です。ミセル分子は空気中では水分子をはじく一方、水中で水圧がかかると反転して水分子を加えこむ特徴を持っています。これにより水中では水分子が水着表面に配列され、膜をつくるのです。そのため選手が泳ぐ際には、この“水分子バリア”の上をプールの水が流れ、抵抗をほぼゼロにすることができます」

 山本社長によると、この技術をスポーツ界で実用化したのは初めてだという。実は“高速水着”が話題になった一昨年より、山本化学工業ではゴムを使わない水着の開発に着手していた。先を見据えた準備が、新ルールへの適応を可能にしたのだ。

 しかし、素材の認可までには紆余曲折があった。昨年11月、FINAに提出した素材は透過性の基準は満たしていたものの、表面の繊維組織が明確に見えないとの理由で再提出を求められた。さらに1月の再提出の直前には、縫製の際の素材の重なりしろが1センチを切るようにとの通達を受け、作り直しを余儀なくされた。

「こんなに指摘されるとは思わなかった」と山本社長も想定外の出来事が連続したが、表面の繊維組織が明確ではないとの指摘は、ミセル分子を上からコーティングする方法から、繊維内に含身させることで解決した。手間もコストもかかる方法だが、こちらもあらかじめテストをしていたことで迅速な対応ができた。

 苦労の甲斐あって、完成した素材は「機能としては落ちていない」と山本社長が語る自信作となった。ゴム製から繊維製になったことで、むしろ選手の着心地はよくなり、評判も悪くないという。

 次はキャップで革命を

「今回のルール改正では、水着で体を覆う部分が、男子はへそ下から膝まで、女子は肩から膝まで、と制限されました。水着の機能を生かせる範囲が狭くなった分、バイオラバースイムを活用したスイムキャップも開発したんです」
 新ルールではキャップにラバー素材を禁止する規定は特にない。そこで山本化学工業はキャップ用の素材にバイオラバースイム素材を供給し、スイムキャップメーカーが申請した結果、FINAから許可を得た。

 意外なことに、これまで各メーカーは“高速水着”でしのぎを削っていた反面、スイムキャップは手つかずの存在だった。だが、ある研究によると、水中では体内から出る熱の60%は頭から放出される。熱が外で出されれば、それだけ体温は下がり、血流が落ちる。すると乳酸がたまりやすくなり、選手の疲労度も増す。頭からの放熱をいかに防ぐかは、水中では重要なウエイトを占めるのである。その点、保温効果があるバイオラバースイムはキャップ素材として最適というわけだ。

「水着の新素材についても、今回は新しい規定に対応するだけで精一杯だった。もっと泳ぐ人のパフォーマンスをあげるものに改良する余地はあると思っています」
 スイマーにより速く、との欲求がある限り、技術革新に終わりはない。どんなにルールが変わろうともナンバーワンでオンリーワンの素材を追い求める日々は、これからも続く。


 山本化学工業株式会社