素材メーカーとしてダイビング、競泳など様々なスポーツを支え続けている山本化学工業。今回から2回にわたり、山本富造社長と当HP二宮編集長の対談をお届けいたします。これまで当コラムでは同社が世界に誇る最先端の技術を紹介してきました。スポーツの分野に留まらず、医療分野への進出も果たした山本社長が目指すメーカーとしての将来像とは?

二宮: 高速水着については、様々な紆余曲折を経てルールが変わってきています。そんな中、山本化学工業が手がけてきた水着素材は順調に進化を遂げています。
山本: ルール変更というのは、どのスポーツでもあることなので、その時の規則に則した水着や素材を作るというのはメーカーとして当然のことです。ただ、水着に関して言えば、トップスイマーでない人たちにまで色んなルールが適用されていて、少し規制を加え過ぎなのでは、とも感じるんです。

二宮: なるほど。
山本: 競泳の世界にはオリンピックや世界選手権で見るような国を代表する選手もいますけど、一流のスイマーよりも生涯スポーツとして水泳を楽しむ人の方が圧倒的に数が多いんです。
 競泳選手というのは、選手寿命のピークが25歳くらいで終わってしまうのが一般的です。その手前の選手たちは技術的にも肉体的にも成長している最中だから、ある程度の規制を設けるのはいいかもしれません。しかし、多くの人にとって、特に年長者でマスターズ競泳を楽しんでいる人たちからすると、ピークを迎えるための競泳ではなく、タイムが下がらないようにするための競泳なんです。

二宮: 競技者はともかく、一般のスイマーまで同じルールで縛るのはおかしいと?
山本: はい。その人たちにとって、自分の体が持っている能力を少しでも多く引き出してくれる、つまりギアを1段上げてくれる水着があれば大きな自信につながるんですね。1年前のタイムと比べて全く同じであれば、「1つ年を取ったけど、タイムはキープ出来た」ということで、その人の人生にとって大きな張りになりますから。それがさらに2秒でも3秒でも縮まったとしたら……。

二宮: 人生の生き甲斐になるでしょうね。
山本: それこそ、その人にとっては10歳くらい若返ったような、そういう達成感もあるわけです。しかし今は、そういう人たちまでトップアスリートとひとくくりにして、全部規制してしまっている。中高年までがスポーツするようになっている今の時代で、そこまでする必要があるのか。私たちは疑問に思っていますね。

“筋温低下”を防止すべき

二宮: 水泳は年をとっても楽しめるスポーツです。逆にいえば高齢者のニーズに合った水着が求められる。
山本: 実はマスターズに参加している人たちが一番嘆いているのは、今の水着では体が冷えるということなんです。以前のものは体を覆う部分が多かったんで、水に長い時間入っていても温かかったんです。

二宮: あぁ、そうか。そのような効能までは気付きませんでした。
山本: 水の中に入っても温かい水着というのはすごく魅力的なんです。スイマーにとって“筋温低下”というのは大きな敵なんですね。筋肉の温度が下がってると、水の中での安全性が保てない。本当はもっと声を大にして「筋肉の体温低下を起こさないように」と言わなければならないと思います。

二宮: 以前は首から足首まで覆ったような水着がありましたからね。
山本: 少し前までスイマーの平均年齢は30から40歳くらいでした。しかし、今は違うんです。世界全体で高齢化を迎えているわけですから、いい意味でダブルスタンダードであってもいいはずです。そうでなければ、安全性が疑われてしまう。筋温低下には「百害あって一理なし」です。これはもちろん、若い人たちにも言えること。筋肉の温度が低下すれば、故障する恐れも大きくなる。このことを考えるだけでも、スポーツの世界はもっと医学的なことを考慮しながら水着や素材をはじめとした道具を考えていかなければいけない時代に入ってきていますね。

二宮: 実際に、現場から以前の水着を手に入れたいという声はあがっていますか?
山本: 沢山ありますね。それは日本に限らず、海外でも同じです。競技会では着ることができないけれど、練習の時は以前の高速水着を着ているという人は少なくないんです。でも、本番ではその水着を着ることはできない。うちの会社にも「前の水着を買えますか?」という問い合わせはものすごく多いというのが現状です。

 進化を続ける水着の技術

二宮: 以前、このコーナーでも“ゼロポジション水着”を取り上げさせていただきました。実際に製品化されて、ユーザーの反応はいかがでしょうか。
山本: 非常に大きな反響があって、多くのメディアでも取り上げられています。ゼロポジションとは“重心”と“浮心”の真ん中のことです。そこを意識することによって、スムーズに、まっすぐに泳げるようになる。実はこの泳ぎ方というのは、古式泳法につながっていくんですよ。古式泳法をされる方というのは、お尻だけを浮かせる練習をするそうです。体をUの字に曲げて、お尻だけが水面から浮くようにする。この練習ばかりをやっていると体が浮いてくるそうですが、これは無意識のうちにゼロポジションを身につけるための練習なんです。

二宮: なるほど、最新技術の粋を集めた水着で辿り着いたのが、古式泳法だったというのは興味深いですね。
山本: 今は水着でゼロポジションを意識するだけでなく、それを数値化できる機械まで作ったんです。これは少し懲りすぎかもしれませんが……(笑)。プールでサーカスの空中ブランコのようなものを手で持ちながら浮くんです。さらに、足首のところにもブランコを引っかけてやる。その状態のまま、上からロードセル方式の重量計で力の分散具合を量る。さらに泳いでいる人の体の中にある空気の量と位置を測定して、その人のゼロポジションを割り出すんです。これを使えば一発で、一人ひとりのゼロポジションがデータとして目でわかるんですね。

二宮: それはすごい成果ですね。
山本: この機械は大学の研究者と共同で作り、特許も取りました。開発期間は2年くらいですね。そこまでやれば誰でもゼロポジションを感じ取れますし、その上で、個々に合わせた形で浮力のあるウェアを作ると、本当に真っすぐに泳げます。面白いのは1000メートルを泳ぐ人が、最初の500メートルだけ、ゼロポジション水着を着て泳ぐ。もちろん、真っすぐ泳ぎます。そこで、残りの500メートルはその水着を脱いで通常の水着だけで泳ぐ。すると、なぜか同じポジションのまま真っすぐに泳げるんです。

二宮: つまり、体が覚えてしまうんですね。自転車の補助輪のようなものだ。
山本: まさにその通りです。子供が最初のうちは補助輪を付けて自転車に乗っているけれど、慣れてくると、両方の補助輪を無くしても自然と乗れるようになる。最終的には後ろを支える親が「持っているから大丈夫」と言って、手を離しても普通に走れるようになりますよね。それと一緒です。
 個人差はありますが、セロポジション水着に関しては1カ月から2カ月ほどで効果が出ます。半分はゼロポジションの水着を着て、半分は普通の水着だけで泳ぐ。このウェアは上から装着するだけですから、普通の水着になるのは脱ぐだけでいいんです。別に手間はかかりません。スッとはいて、スッと脱ぐだけ。それだけで、正しい泳ぎが自然と身についていくんです。

二宮: 浮きやすいということは、必然的に安全性も確保できますね。
山本: 私たちは全てのスイマーに“安全で、快適で、速く泳げる”という三拍子揃った水着を提供したいと考えているんです。それができたら、究極の水着と言えるかもしれないですね。

 山本化学工業株式会社


現在、山本化学工業が海洋生物からヒントを得て開発した「親水性」のテクノロジーが、東京・上野の国立科学博物館で「エコで未来! 自然に学ぶネイチャーテクノロジーとライフスタイル展」(2011年2月6日まで開催)に高速水着として展示されています。