「世界で最も有名なガーデン」と呼ばれるマディソンスクウェア・ガーデンに、少しずつかつての熱気とBuzzが戻ってきつつある。
 NBAの名門チーム、ニューヨーク・ニックスはここ10年間、どん底の不振に悩み続けてきた。プレーオフ・シリーズの勝利は1999〜2000年以来なし。それどころかここ9年はすべてシーズン勝率5割以下。今季も最初の11試合を3勝8敗と負け越した際には、再び惨敗シーズンを繰り返すかと思われた。
(写真:ニックスのゲームに独特な高揚した空気が再び漂うようになってきた)
しかしその後に突如として攻守が噛み合い始めると、11月17日からの14試合でなんと13勝。爆発的な快進撃で全米を驚かせ、一気に今季のNBAの注目チームのひとつに躍り出た。それ以降も勝率5割以上を保ち続け、プレーオフ進出もすでに濃厚なものとしているのだ。

復活の象徴としてもてはやされているのが、今季からチームに加わったアマレ・スタウダマイヤーだ。
昨夏のFA戦線で、ニックスは怪物レブロン・ジェームスの獲得に失敗。代わりに現役を代表する攻撃的ビッグマンのアマレを得ても、いわば「残念賞」のようにみなされたものだった。レブロンが手に入らねば、他に誰を獲ってきても大勢に影響はない。ニックスの暗黒時代はもうしばらく続くと多くの人が思った。

 しかし……ふたを開けてみれば、今季のアマレは期待以上の働きでニックスの新たな大黒柱として君臨している。
「これまで見てきた中で最高のプレーをしてくれている。これ以上は望めないと思えるくらいだ。ニューヨークに降り立ったその日から、チームのために多くをこなして来てくれた。リーダーとしても素晴らしいよ」
マイク・ダントーニHCがそう目を細めて語る通り、アマレの貢献度はリーグ3位の平均26.1得点、26試合連続30得点以上(昨年11月24日〜1月21日)といったコート上の活躍だけに止まらない。
(写真:アマレの加入がニックスの雰囲気を変えた(写真はサンズ時代のもの))

敗戦後には声を荒げてチームメートに奮起を促し、街を代表するチームの一員としてのプライドを取り戻させた。メディア相手のスポークスマン的存在にもなり、さらにファンサービスも決して忘れていない。そんなアマレに、最近では地元ファンも盛んに「MVP」コールを浴びせ、まるで救世主のように崇めている。

アマレに引っ張られるようにして、同じくFAで新たに加入したレイモン・フェルトンもMIP(Most Improved Player=最も成長した選手に贈られる賞)の有力候補と目されるほどのプレーをみせている。
ドラフト2巡目指名ながら、「今季最大の掘り出し物」と呼ばれるようになったランドリー・フィールズも地味な仕事を喨々とこなしている。3年前のドラフト1位選手、イタリア出身のダニロ・ガリナリもオフェンスの柱として頼りにできるレベルにまで成長した。

 これらの主力選手たちが織りなす攻撃的なスタイルには、紛れもなく一見の価値がある。宝石箱を引っくり返したようなマンハッタンの中でも、「呼び物のアトラクションのひとつ」と胸を張って言えるようなチームが戻ってきたのだ。
(写真:新加入の選手たちはどれも期待を上回る成績を残している)

もっとも、そうはいっても、最終目標の「優勝」に向けて、と考えるとまだまだ先は長いと感じるのも事実ではある。
前述通り、攻守が噛み合い始めた12戦目以降でなら22勝15敗という成績は立派なもの。ただセルティックス、ヒート、マジックといったカンファレンス内のエリートチームにはすべて力の差を見せつけられる形で負け越している。1月12〜22日には6連敗という厳しいスパンも経験した。

「プレーオフ進出は確実」とは言っても、NBAでは各カンファレンスの15チーム中8チームがポストシーズンに進める。そんな至難とは言えない条件を突破したからといって、大騒ぎするべきではないと思うかもしれない。
現実的に、このままではプレーオフでは第1ラウンドでの敗退は濃厚。上位進出を目論むには、どうしてももう1人はスター選手が必要だろう。

 そんな状況下で、最近ではナゲッツのカーメロ・アンソニーをトレードで獲得するという噂話も飛び交っている。カーメロが獲れるにせよ、そうではないにせよ、やるべき仕事は山のように残っている。現状に満足せず、さらなる補強策を展開することは“真の復活”への必須条件だと言ってよい。
(写真:カーメロの移籍問題は最近のNBAで最大の話題であり続けている)

しかし……それでも改めて繰り返すが、この2010〜11年シーズン、ニックスが明るい未来に向けてついに新たな一歩を踏み出し始めたことに疑いの余地はないだろう。
特にここ4、5年、ニックスはあまりにも惨めなシーズンばかりを過ごしてきた。補強策はほぼすべて失敗し、自前のホープも育たず、それどころかヘッドコーチがセクハラで訴えられるなどのスキャンダルも相次いだ。それほどの混乱を経て、ニューヨーカーはやっと誇りにできるチームを手にしたのだ。

スピーディな「ラン&ガン」スタイルのバスケットボール(総得点はリーグ2位)に、地元ファンは熱狂している。最近ではマディソンスクウェア・ガーデンの雰囲気が、「ニックスが毎年のようにプレーオフで上位進出した1990年代に近いものになり始めている」との評判ですらある。
この良い流れを保つ努力を続けていけば、さらなる成功はおのずと目に見えてくる。他チームに属する多くのスター選手たちにとって、マディソンスクウェア・ガーデンは魅力的な職場となっていくはずである。そんな好循環ができあがれば、あるいはさほど遠からぬうちに、プレーオフでの上位進出が狙えるようなチームがニューヨークに誕生するかもしれない。

「The Knicks Are Back!(ニックス復活だ!)」
アマレが昨夏の入団会見時に語ったセリフは、今のニューヨークの新たな合言葉となった。そして今季の大転換も、近未来のさらに大きな成功へのプロローグに過ぎないと多くの地元ファンは信じている。何より、そんなポジティブな希望をついに抱けることに、ニックスの低迷に飽き飽きしていたニューヨーカーは、たまらなくエキサイトしているのである。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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