田中マルクス闘莉王といえば「闘将」のイメージが強い。20年前なら柱谷哲二、今なら闘莉王だ。
 その闘莉王は国外開催のW杯で日本が初めて決勝トーナメントへ進出を果たした南アフリカ大会で精神的支柱とでもいうべき大きな役割を果たした。それはどのようなものだったのか。

 大会の2週間前、スイスのキャンプ地ザースフェーに着いた時、日本代表のチーム状態は底だった。
 その2日前、日本はホームでの韓国戦に0対2で敗れ、選手たちはまだショックを多少なりとも引きずっていた。
「この流れを変えなくてはいけない……」
 選手だけでのミーティングを提案したのはチームキャプテンの川口能活だった。
「自分が出られない悔しさはあるんですけど、チームを勝たせたいという思いは、もっと強かった。ではチームを勝たせるためには、どうすべきか。まず皆が同じ方向を向かなければならない。その第一歩として、自分たちだけでミーティングをやろうと……」

 ザースフェーの宿舎。口火を切ったのは闘莉王だった。
「俺たちはヘタクソなのだから、泥臭くやらないといけない」
 ここから先は闘莉王の独壇場だった。
「考えてみろよ。俺らの中で一番うまいのは(中村)俊輔さんだ。でも俊輔さんでも、世界中を見渡してみれば、それほどでもないんじゃないか? これからワールドカップで戦う相手と比べれば、それほどでもないんじゃないか?
 カメルーンにはエトーがいる。オランダにはファンペルシやスナイデルがいる。あいつらは一発で試合を決める力の持ち主だ。俊輔さんがあいつらと同じレベルで試合を決められるだろうか? そうじゃないだろう? みんなでやらなきゃだめなんだ。
 俺らはもっと走って、もっと頑張っていかないとだめだ。コツコツやらないといけない。日本らしいスタイルとか、パスを回すとか、もちろん理想は大切だけど、ヘタくそはヘタくそなりに泥臭くやんないと、必ずやられる。
 このままでは1対1の局面になったら、俺らは全部負けだ。せっかくワールドカップに出ても、逆に恥ずかしい試合になってしまうぞ」(自著『大和魂』幻冬舎より)

 闘莉王が熱弁している間、川口は聞き役に徹していた。
「闘莉王が“自分たちは下手くそなんだから、下手クソは下手クソなりにやろうよ”と言ったことで何人かの選手たちは気が楽になったと思うんです。
 もちろん話をしたのは闘莉王だけではない。皆、思い思いの意見を口にしましたよ。それによって肩の荷が下りたんじゃないでしょうか。溜め込んでいたものを全部吐き出したことでね。
 これは日常生活においても言えることですが、何でも溜め込むのはよくない。思っていることは遠慮せずに口にした方がいいんです。
 本当はこのミーティング、10分か15分くらいで終わらせる予定だったんです。最初は精神的な話でもしようかなと。
 ところが戦術面の話まで飛び出して1時間以上続いた。ミーティング後、岡田(武史)監督には“ミーティングをやった”とは伝えましたが、中身については伝えなかった。
 岡田さんは“選手の側から意見があるなら言ってくれ”と言ってくれましたが、サッカーのやり方については選手が一線を越えない方がいい。それが僕の判断でした」
 日本を立ち直らせた“ザースフェーの決起”の主演が闘莉王なら助演は川口だったということか。

 名指しされた俊輔の思いはいかばかりだったか。
 闘莉王はこう述べる。
<僕が話に夢中になっている間、俊輔さんは表情を変えずに聞いていた。おそらく、こういった形で引き合いに出されることに対しては、複雑な思いがあったに違いない。なのに俊輔さんは「ここはみんなで頑張らないといけない」と言ってくれた。
 本当にあの人は、誰よりも一番チームのことを考えている人だ。ワールドカップ予選の最中は、スコットランドと日本やアジア各国を片道何十時間もかけて移動し、とてつもなく厳しいコンディション調整を黙々とこなしながら、常に最大限の力を発揮していた。>(『大和魂』より)
 豊富な経験が育んだ俊輔の包容力もまた、チームにとってなくてはならないものだったのだろう。俊輔の“無形の力”が評価される日がくることを願っている。

<この原稿は2011年2月18日付『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>

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