江戸が火の海に包まれたのは今から354年も前のことだ。旧歴の1月、北西からの強風にあおられ、まちの6割以上が焦土と化し、10万人を超えると言われる人命が失われた。明暦の大火、俗に振袖火事と呼ばれている。
 時の将軍、徳川家綱は隅田川東岸の土地を下げ渡して身元不明の遺体を埋葬するため「万人塚」なる墳墓を設けた。これが回向院(えこういん)の起源である。
 後に回向院は江戸の勧進相撲の拠点となる。この2月に他界した宮本徳蔵の名著『力士漂泊』に次のような件がある。<相撲もまた江戸市民にとって、花火や水垢離と同じ意味を持っていた。法界の諸仏、わけても金剛力士への信仰にもとづく、鎮魂のパフォーマンスであった。>

 そもそも四股には邪気祓いの意味が込められている。
<古来、四股は「醜(強いもの、醜いもの)」に通じ、四股を踏むことは地中の邪気を祓い大地を鎮める神事から発したものといわれ、「地踏み」「地固め」とも呼ばれた。>(『相撲大事典』より)
 ならば、今こそ力士たちの出番だろう。東日本の被災地で四股を踏み、地中の邪気を祓い、大地を鎮める。同時にそれは犠牲者への供養にもなるはずだ。

 一連の八百長問題で気になる動きがある。具体的な再発防止策が講じられる前に夏場所開催圧力が強まってきている。
 放駒理事長は本場所開催の条件として(1)全容解明、(2)処分、(3)再発防止の3点をあげていた。(1)と(2)は特別調査委員会の尽力によってひとつのヤマを越えそうだが、(3)はまだ手つかずである。何事も見切り発車が一番良くない。急(せ)いては事を仕損じる。

 ここは相撲の原点に立ち返り、夏場所期間中は被災地を中心に慰問巡業を行ったらどうだろう。まさしく「鎮魂のパフォーマンス」である。
 神事を通じて霊を慰め、大地を鎮め、五穀豊穣を祈念する力士の姿を目の当たりにすれば、八百長問題で失った国民の信頼も、遠からず戻ってくるだろう。国難に際し、相撲界は興行よりも神事を優先すべきだと考える。神事の舞台は国技館の土俵の上だけではないはずだ。

<この原稿は11年4月6日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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