今年6月「障害者スポーツ基本法」が制定され、障害者スポーツの推進について初めて明文化されました。これは日本の障害者スポーツにとって、非常に大きな一歩と言えるでしょう。世界では今夏、義足スプリンター、オスカー・ピストリウスが世界陸上の舞台に登場し、注目を集めました。このように障害者スポーツの置かれている状況は、刻一刻と変化しています。特に今年は、そんな新しい時代へと向かっている障害者スポーツに関わる一人であることに喜びを強く感じることができた1年でした。
 現在、NPO法人STANDではコミュニティサイト「アスリートビレッジ」や障害者スポーツの魅力を伝えるためのサイト「挑戦者たち」、ロンドンパラリンピックに挑戦するアスリートを追った「The Road to LONDON」など、障害者スポーツ事業を展開しています。その一つであるインターネットライブ中継「モバチュウ」は前回お話した通り、ドクターストップで全国大会に出場できなくなった選手のために、電動車椅子サッカーの全国大会を中継したことでスタートしました。

 正直言えば、実は当時、中継を続ける心づもりは全くありませんでした。私としてはその全国大会に行けなくなった選手が、ユニフォームを着ながらパソコンの前で、インターネットを通してですがチームメイトと一緒に戦うことができた、それだけで満足だったのです。ところが翌年、全国大会の前になって1本の電話がかかってきました。それは、日本電動車椅子サッカー協会の会長からでした。「昨年は全国大会を中継してくれて、本当にありがとうございました。今年もぜひ中継していただけたら……」と言うのです。私は、すぐに会長に会いに行きました。しかしそこで、障害者スポーツが置かれている厳しい現状を初めて知ることになったのです。

 中継をするにはそれなりの予算が必要です。前年にできたのは携帯電話会社と連携した事業として行なうことができたからでした。私は今回は、当然ながら協会からの委託事業として実施できると考えていたのです。ところが、聞けば大会を運営することにさえ、資金調達に四苦八苦しているというのです。独立行政法人福祉医療機構(WAM)の助成金や、選手たちがそれぞれ通う義肢装具の企業や知り合いのお店などから寄付してもらい、それでなんとか賄っていたのです。私は手に持った見積書を、会長の前に出すことができませんでした。それでも当時、私の会社は少し余力がありましたので、社会貢献の一つだと考え、運営費を弊社が受け持つかたちで中継を行なったのです。そして、「今回で終わり」という気持ちでいました。

 しかし、2年連続で中継したことで、関係者には「毎年恒例」と思っていた人は少なくなかったようです。その翌年、全国大会が近くなり、またも中継の問い合わせが来ました。今度は地方の選手からの電話でした。
「今年、僕らはブロック大会で負けてしまったので、全国大会に出ることはできないんです。でも、また今年も『モバチュウ』ありますよね? 噂ではあるって聞いたんですけど……。楽しみにしています!」

 その話をスタッフから聞いた時、私は愕然としました。一度配信した時点で、もう既に中継を楽しみに待つ人たちの存在をつくってしまっていたのです。そうであるならば、個人の勝手でやめることはできません。本来であれば、そのことを理解したうえで始めなければいけなかったのですが、私は3年目にしてようやく継続することの重要性に気付かされたのです。

 NPOという組織であることから生じた問題点

 そこで、この事業の拠り所とするために立ち上げたのが「NPO法人STAND」でした。私は中継を継続するためにも、「モバチュウ」をしっかりとしたビジネスにしようと考えたのです。ところが、ここでまた大きな壁にぶつかりました。「NPO法人」は非営利活動法人であることから、世間では「ボランティア団体」というイメージを持っている人が少なくありません。そのため、NPOである私たちが「ビジネス」という言葉を使用すると、抵抗感を抱かれてしまうのです。非営利活動法人とはいえ、様々な社会貢献活動や事業を行なうには、資金が必要です。しかし、このことをなかなか理解してもらえないのが現状です。

「モバチュウ」を始めてから、多くの競技団体や関係者から中継の依頼を受けました。このこと自体は障害者スポーツにおいて、私たちが行なっていることの必要性の高さを感じており、本当に嬉しい限りです。しかし、中継には資金が必要だということをお話すると、それに驚かれることもしばしばなのです。なぜならSTANDは障害者スポーツのインターネット中継を無料で配信している団体だと思われているところがあるからです。そして、資金が必要だということを理解してもらった後には「では、その資金をSTANDさんの方で、どこかから調達してきてもらえませんか」と言われることも少なくありません。

 先述したように、障害者スポーツは今、劇的に変わろうとしています。その変動の時代において、「ビジネス」という視点は必要不可欠だということは、パラリンピックひとつとっても明らかです。もちろん、これまで行なわれてきた事業すべてをビジネス化したいというわけでは決してありません。ただ、新しい事業を展開する際にはビジネスという手法が適している場合がある、そのことをわかってもらいたいのです。行政が担うこと、ボランティアが賄うこと、そしてビジネスで展開すること――。さまざまな方法があり、それぞれの特徴を生かして行なっていく必要がある。障害者スポーツは、そういう新たな時代に入ったのです。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。11年8月からスタートした「The Road to LONDON」ではロンドンパラリンピックに挑戦するアスリートたちを追っている。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。