トライアスロン女子でロンドン五輪の日本人選手の出場枠は現状3枠。そのうちひとつは既に上田藍(シャクリー・グリーンタワー・稲毛インター)が内定している。残る2枠は4月から5月にかけて行われるITU(国際トライアスロン連合)ワールドトライアスロンシリーズの3大会のレース内容などを踏まえて決定する。原則として3位以内に入れば、その時点でロンドン行きの切符が得られる。

 五輪はスピード勝負

 崎本は昨季、同シリーズのシドニー大会で5位に入ったのが過去最高の成績だ。1位の選手とは19秒差。本人もこれまでのベストレースにあげている。
「ランでもトップ集団でレースができる実力がついていることが分かって、自信になりました。とても走っていて楽しかったです」
 五輪本番のレースは市中心部のハイドパークを発着点に実施される。スイムは公園内の池で行われ、バイクではバッキンガム宮殿など街中を走り抜ける。コースは平坦なため、スピードが勝負のポイントになりそうだ。シドニーで世界のトップと競り合った経験は、ロンドンで「宝物」になると崎本は考えている。

 なかでも勝敗を左右するのは最終種目のランだろう。近年のトライアスロンはスイム、バイクでは差がつかず、ランで順位が決まる傾向が強い。ナショナルチームの飯島健二郎監督も「まずバイクが終わった時に第1集団に入れないと世界では話にならない。そこから走れなければ世界では勝てない」と言い切る。昨年から今年にかけて崎本はランの強化に力を入れた。指導するのは弟の賢一コーチだ。大阪高−帝京大と陸上の強豪校で長距離選手だった。

「レース同様、練習でもスイムとバイクを終えた後にランのトレーニングをやるようにしています。それで少し長い距離をこなしたりして、(実際のレースの)10キロを走り切れる体力、持久力をつけています」
 賢一コーチは、このオフの取り組みをそう明かす。現在、取り組んでいるのはスピードアップだ。
「速く走るためには、まずスピードに慣れることが必要です。その上でスピードをキープできる距離を伸ばしていくことを重視して練習しています」

 女子の代表権争いは熾烈だ。北京五輪で入賞した井出樹里(トーシンパートナーズ・チームケンズ)に、4大会連続の大舞台を狙うベテランの庭田清美(アシックス・ザバス)、2010年の広州アジア大会で優勝した足立真梨子(トーシンパートナーズ・チームケンズ)と実力者が揃う。また伸び盛りの若手もいる。飯島監督ですら「崎本はスイム、バイクで先行できる点が強みです。ただ、誰が代表になるかはわからない」と予測がつかない現状だ。

 だが、崎本は「自分自身の力を出しきれば、必ず五輪に行けると思っています」と断言する。29歳が目指しているのは、単にロンドンへ行くことではない。最終目標はロンドンで世界の頂点に立つことだ。日本のトライアスロン界では先述の井出の5位が最高。まだメダリストはいない。コーチとも本番を見据えたトレーニングを重ねている。
「世界と対等に戦える体力や心肺機能は強化できたと感じています。あとは力を出し切るためのスイムの技術、バイクの技術、ランの技術を磨いていきたいです」
 五輪までの残り時間でクリアすべきハードルははっきりと見えている。

 勝てるプランはできている

 海外への遠征やトレーニングも多いトライアスロンだが、日本代表に選ばれない限り、基本的に費用は自己負担。『マルハンワールドチャレンジャーズ』で贈られた100万円の協賛金も遠征費に使われた。上位に入って賞金を得ないと、お金は出ていく一方だ。決して競技環境が恵まれているとは言い難い。

「トライアスロンの魅力は3つの種目を同時にできるところ。時間配分をうまく考えながら3種目をこなしてゴールした時の喜びは、単に走るだけ、泳ぐだけでは得られないものがあります。それに泳ぎがうまくできなくても、他の種目でカバーできる良さもある」
 マネジメント力やフォロワーシップが求められている現代社会において、トライアスロンは適したスポーツと言えるだろう。実際、最近はトライアスロンに取り組む企業の管理職も増えてきているという。崎本は五輪で結果を出すことで、より競技に対する注目度を高め、支援の輪を広げたいと考えている。

 今季最初の大きなレースは4月7日に千葉・館山で開催されるアジア選手権。ここからシドニー、サンディエゴ、マドリードとワールドシリーズを転戦する。
「ロンドンで勝つには体と心を絶対的に、もうワンランク上げていく必要があるでしょうね。そのためのプランはコーチに組んでもらっている。あとは私がそのメニューをちゃんと“追いかけられる”か。メニューをひとつひとつこなして追いつけば、ロンドンでの結果につながるイメージを持っています」
 五輪のトライアスロン女子の本番は8月4日。ロンドンでベストレースをし、最高の笑顔でゴールテープを切る。その映像だけを思い描きながら、崎本は勝負のシーズンに挑む。

>>前編はこちら
(次回はトランポリン・伊藤正樹選手への二宮清純のインタビューをお届けします。前編は4月4日更新予定です) 

崎本智子(さきもと・ともこ)プロフィール>
1983年1月28日、大阪府生まれ。愛媛県トライアスロン協会所属。小学4年から本格的に競泳を始め、大阪信愛女学院時代は自由形でインターハイ出場。福岡大では1年時にインカレの400メートル個人メドレーで5位入賞を果たす。大学卒業後、トライアスロンに転向。08年の北京五輪は代表補欠だったが、09年のアジア選手権で優勝。10年の日本選手権も初制覇を果たした。昨年は世界選手権シリーズシドニー大会で5位入賞。所属していた会社を退社し、五輪出場を狙う。昨年10月の第1回『マルハンワールドチャレンジャーズ』では最終オーディションに残り、協賛金100万円を獲得。身長156センチ。



※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(石田洋之)
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