二宮: 伊藤選手がトランポリンを始めたきっかけは?
伊藤: 兄が体操、姉がトランポリンと水泳をやっていた影響で、幼稚園の時に体操、水泳、トランポリンを始めました。そのなかで、トランポリンが一番おもしろかったので本格的に続けることになりました。

 ミスは即終了

二宮: トランポリンのルールで厳しいのは、着地を失敗したりして演技が継続できなくなると、その時点で終了になってしまうことです。ミスをしても再開できる他の体操種目とは、この点が違います。
伊藤: トランポリンの場合は、失敗するとそこまでの点数しか計算されません。極端な話、オリンピックに出場するレベルの選手でも失敗すれば、小学生や中学生の選手に負ける可能性があるんです。シビアと言えばシビアな競技です。

二宮: 演技をスタートしたら、本当にやり直しがきかない。集中力もかなり必要になりますね。
伊藤: そうですね。確かにやり直しができないのは大変ですけど、逆に一発勝負でどうなるかわからないというおもしろさもあります。

二宮: 前編で紹介したようにトランポリンは跳躍点、演技点、難度点の3つで点数を競う競技です。演技点では跳躍の姿勢や着地の美しさが評価されます。着地も決められた枠の中に入らないと減点になるんですよね?
伊藤: はい。ベッド中央に畳一畳分くらいの四角いスペースがあるのですが、そこから外れるたびに0.1の減点になります。僕たちトップレベルになると、ここでの減点は致命的です。着地場所を外してしまうと、ほとんど勝てる見込みがない。国際大会になると、その時点で諦めて演技を止める選手もいます。

二宮: ということは跳んで上空にいる間に、着地点を確認しながら演技すると?
伊藤: その通りです。上から見ると着地スペースはものすごく小さく見えます。8メートルの高さでは本当に小さな四角形です。そこを技をやりながら狙わなくてはいけないところが難しい。回転技をしている間は回っているので下は見えませんが、技が終わった瞬間に必ずベッドの中央にある×印を確認します。それで自分が今、どの位置にいるかをチェックするんです。

二宮: もし着地がズレそうな時は上空で体をひねったりして、位置を変えることはできますか?
伊藤: ほぼ不可能ですね。トランポリンの場合は跳んでしまったら最後。上空で自分の思うように移動することはできません。だから跳ぶ前、つまり上空にいる一瞬の間に、次のジャンプをどの角度で入ればよいか判断することが重要になります。

二宮: きれいに跳ぶための最適な着地の角度は?
伊藤: 理論上はベッドに対してまっすぐ90度で入ることです。ただ、次の演技によって、適した角度は若干変わってきます。たとえば前に回転する技をしたい時は、少し前傾のほうがいいだろうし、後ろに傾いたほうがいい技もある。もちろん、角度がつきすぎるとジャンプした際にベッドから飛び出てしまいますから、ここは微妙な感覚の世界です。

 難度点よりも演技点で勝負

二宮: 空中ではつま先までピンと伸ばさないと演技点は減点になります。でも、着地の時は両足でしっかり跳ばないといけませんよね?
伊藤: つま先は降りるギリギリまで伸ばして、着地の直前で足首を曲げます。ただ、ちょっとタイミングがズレると、指がベッドの紐の間にひっかかってケガをしてしまうケースもありますね。

二宮: 体もまっすぐ一本の棒のように姿勢を保たないと美しく見えませんよね。体幹の筋肉を、かなり強化しないといけないでしょう?
伊藤: 体幹を鍛えることは重要ですね。姿勢の問題はもちろんですが、体をまっすぐベッドに入れないと、力が分散して思った方向に跳べません。下が柔らかい分、体の軸は大切になってきます。

二宮: 一方の難度点は、それぞれの技の難易度に応じて、あらかじめ点数が決まっており、10回の跳躍でそれらをすべて合計するかたちで出されます。トップレベルになると何点くらいになるのでしょうか。
伊藤: 現在、中国のトップ選手が17.1という難度点を出しています。僕は16.6。0.5点の差があります。

二宮: では、メダルを獲るには、より難しい技に挑戦して点数を上げる努力も必要になると?
伊藤: そこは難しい判断です。僕も難度点だけなら17点台を出せますが、その分、美しさがなくなって演技点が下がる。そのリスクをどう考えるかがポイントです。今は難度点はこのままでも、演技点を減らさない方向で練習をしています。

 地上とは逆の感覚

二宮: せっかくなので、少しトランポリンを体験させてもらってもいいですか?
伊藤: いいですよ。では、まずベッドの感覚になれるために歩いてみてください。歩くのもバランスがとりにくいので最初は難しいと思います。

二宮: なんだか勝手に体が上へ跳ねるので、無重力のなかで歩いているような感覚ですね。
伊藤: 少し慣れてきたら、ベッドの真ん中に立ってみてください。そこからジャンプするのですが、普通、硬い地面の上で跳ぼうとしたらヒザを曲げますよね。でもトランポリンは下が柔らかいので、ヒザを曲げると力が逃げてしまいます。だから、逆にヒザに力を入れて、足を伸ばして跳んでみてください。逆に着地の時は、ひざを緩めて力を分散させるとベッドの上できれいに止まることができます。

二宮: 初心者ですが、思ったよりうまく真上に跳べました。さすが、世界のトップ選手。教え方も満点です(笑)。
伊藤: 初めて体験すると、しばらく地上に降りてもフワフワした感覚になりませんか? 地上でもまだジャンプできそうな感じがするそうです。僕は小さい頃からやっているので、もう慣れてしまって、その感覚がわからないのですが(笑)。

二宮: 室内競技でも、気象によってベッドの跳ね方が変化することはありますか?
伊藤: 湿気の影響はかなりありますね。晴れて乾燥していると、ベッドがピンと張っているのですが、雨が降ったりすると湿気でベッドが柔らかくなります。

二宮: 大会中のロンドンの気候は気になるところですね。
伊藤: できれば晴れた日であってほしいですね。選手によっては柔らかめのベッドが好みの人もいますが、僕は硬いほうが好きです。僕の強みは高さですから、そこをいかすには硬いベッドでよく跳ねるほうが有利になります。

 ロンドンが最初で最後のチャンス

二宮: 誰しも子供の頃には、トランポリンで遊んだことがあるでしょうから、日本でトランポリン自体を知らない人は少ないと思います。ただ残念ながら競技となると、どうしても認知度が低いのが実情です。
伊藤: トランポリン競技に取り組んでいる県も地方に広がってきましたし、認知度自体は少しずつ上がっているのを感じます。でも爆発的にトランポリンを知ってもらうには、五輪で結果を残すしかない。メダル獲得とトランポリンのメジャー化。このふたつの夢を夏のロンドンで同時に叶えたいです。

二宮: 昨年の女子サッカーW杯の優勝で、なでしこフィーバーが起こったように、メダルを獲ればトランポリン人気にも火がつくはずです。
伊藤: 前回の北京五輪では太田雄貴選手がフェンシングで銀メダルを獲って、競技の認知度がかなりアップしました。今回は僕たちの番だと強く思っています。

二宮: メダルを獲るにあたっては、やはり中国、ロシアの選手がライバルになると?
伊藤: そうですね。年齢的にも中国のトップ2選手が僕の1つ下で、ロシアの選手も同年代です。トランポリンは年齢的には20代後半までが勝負。今回のロンドンは自分にとって一番いい年齢で、かつ世界のトップを狙える位置にいる大会だとみています。このチャンスを逃したら、もう次はないという思いです。

二宮: 20代後半までが勝負とは選手寿命が短い競技ですね。やはり年齢を重ねることで体の柔軟性が失われるからでしょうか?
伊藤: 現役を続けている方に聞くと、体が思うように動かなくなるそうです。30代を過ぎて現役を続けている方は日本にはほとんどいませんね。となると、僕もあと3、4年がピーク。だからこそ、今回の五輪にはすべてを懸けています。

二宮: ロンドンではたくさんの方が伊藤選手の演技をテレビを通じて観ることと思います。トランポリンで、ここを見てほしいという部分はどこでしょう?
伊藤: トランポリンはサーカスのようなエンターテイメントの要素が強い競技です。すごい技は単純にすごいし、美しい技は美しい。あまり細かいことがわからなくても、観ていただければ、その魅力は伝わると信じています。今回、話に出た、失敗するとやり直せないというルール、着地のスペースを外したら減点になるルールの2つだけ覚えておいていただければ、充分、楽しめるでしょう。

二宮: ちなみに伊藤選手は「ガチャピン」が好きだとか。ブログのタイトルや、ジャージのネームにもガチャピンの文字が入っています。
伊藤: ガチャピンって何でもできて、スポーツ万能ですよね。そして、みんなに愛されている。僕もトランポリンの世界で、そんな存在になれればいいなと思っています。ガチャピンは僕にとっての憧れであり、目標なんです(笑)。

>>前編はこちら
(次回はビーチテニスの高橋友美、中村有紀子ペアを紹介します。前編は5月2日更新予定です)

伊藤正樹(いとう・まさき)プロフィール>
1988年11月2日、東京都生まれ。金沢学院大クラブ所属。4歳のときにトランポリンに出合い、6歳から本格的に競技を始める。小学3年で第一期オリンピック強化選手に選ばれ、高校は練習環境の整った石川・金沢学院東へ。現在、金沢学院大学院に在学中。圧倒的な高さと精巧な演技力で全日本選手権を3連覇するなど数々の大会で優勝。09年、11年は世界ランキング1位。11年の世界選手権では個人で銅メダルを獲得し、ロンドン五輪代表に決定した。昨年10月の第1回『マルハンワールドチャレンジャーズ』では最終オーディションに残り、協賛金300万円を獲得。身長167センチ。




※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(構成:石田洋之)
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