秋も深まり、野球シーズンも佳境を迎えた。パ・リーグは北海道日本ハムがひと足先に日本シリーズ進出を決め、セ・リーグはクライマックスシリーズで巨人と中日が凌ぎを削っている。短期決戦において、ひとつの勝利、ひとつのプレーの重みはシーズンと比べものにならない。それゆえにベンチの戦術や采配の妙が、流れを大きく左右する。シーズン通りの戦い方をするのか、一戦必勝でいくのか、はたまた奇襲を仕掛けてみるのか。指揮官の腕の見せ所である。
 ヤクルトが大阪近鉄を圧倒した2001年の日本シリーズも、両軍の勝敗を分けたのは監督の戦略にあったのではないだろうか。27日から開幕するセパ頂上決戦を前に、当時の原稿を振り返り、シリーズでのキーポイントを検証しよう。
<この原稿は2001年11月号『Number』(文藝春秋)に掲載されたものです>

 日本シリーズの「必勝法」として、かつて「2戦重視主義」なるものが支持された時期があった。
 この戦法の提唱者といえば、古くは川上哲治氏(日本シリーズ優勝11回)、近年では森祇晶氏(同6回)が代表的である。
 データにあたってみよう。川上氏は11度の日本一のうち8度、森氏は6度の日本一のうち3度、2戦目をとっている。勝率にすると6割4分7厘。確かに数字の上では「2戦重視主義」はそれなりの説得力を有している。
 では、初戦はどうなっているのか。再びデータにあたると、川上氏は11度の日本一のうち3度(1度は引き分け)、初戦をとっている。勝率にすると5割8分8厘。2戦目同様、高い確率を示している。この10年間に限っていえば、優勝チームの初戦の戦績は7勝3敗。先手をとった方が圧倒的に有利だということをデータは裏付けている。
 にもかかわらず、なぜ「2戦重視主義」を支持する声は、いまだに後を絶たないのか。

 以下は私なりの見解だが、川上氏、森氏が指揮を執っていた頃の巨人、西武は戦後のプロ野球においては圧倒的な戦力を誇っており、がっぷり四つに組んで戦った場合、まず負けることはなかった。しかし、そうはいっても何が起こるかわからないのが短期決戦である。恐れるものがあるとしたら、それは相手の戦力ではなくて勢いである。
 そこで彼らはこう考えたのではないか。出だしで2連敗さえしなかったら、何とかなる、と。すなわち「2戦重視主義」は初戦よりも2戦を重視するという単純な戦法ではなく、とりあえず2つのうちのどちらかを勝っておけば慌てる必要はない、という戦略の下に立てられた戦法であり、平易に言えば、これこそが「強者の論理」である。

 相撲にたとえていえば、横綱が格下力士を相手にした時、気をつける第一のポイントは立ち合いである。相手のタイプにもよるが、立ち合いの突き押しと足技はとりあえず警戒しておいた方がいい。少々、押されても、まわしさえとって胸を合わせれば、あとは力の差がものをいう。要するに警戒すべきは立ち合いの奇襲だけということになる。

「2戦重視主義」を唱える川上氏や森氏は、エースを初戦にではなく2戦目に起用することが多かった。これの真の狙いは相手チームのエースとのマッチアップを避けようということであった。もし初戦、エース対決で星を落とすようなことがあれば相手は調子づき、連敗の可能性も出てくる。それでなくてもシーズン終了から久々のゲームとなる日本シリーズ初戦は不確定な要素が多い。そんなゲームにエースをぶつけるより、相手の2番手に自軍のエースをぶつけた方が確率的な勝つ可能性は高い。運よくエース以外のピッチャーで初戦をとることに成功すれば、連勝の可能性は濃厚となる。1勝1敗で狙い通り、2連勝すれば、そのシリーズはもらったも同然――。おそらく彼らはそう考えたに違いない。

 しかし、現在のプロ野球に川上巨人や森西武のような横綱クラスのチームは存在しな
い。それが初戦をとったチームが7割の確率で日本シリーズを制しているというここ10年間の戦績になって表れているわけであり、当然、そのデータはヤクルト・若松勉監督、大阪近鉄・梨田昌孝監督は10勝4敗で実質上のチームのエースであるショーン・バーグマンを初戦の先発に指名せず、わずか4勝(5敗)のジェイミー・パウエルを起用した。一度も日本一になったことのないチームが、王者の戦いを模倣したのである。

 百歩譲って、それが梨田監督の深謀遠慮によるものだったとしよう。初戦、ヤクルトはエースの石井一久がくる。どうせ打てっこないから、2戦目バーグマンを立てて確実にとる――。かりにこういうシナリオを指揮官が描いていたとするなら、エース級の正面衝突を避けた作戦は理解の範囲をこえるものではない。
 しかし、2戦目もまだバーグマンはマウンドに上がらなかった。マウンドに立ったのは20歳の岩隈久志。今季、わずか4勝(2敗)しかあげていない発展途上のピッチャーだ。
 若い力に賭ける作戦が悪いといっているわけではない。9月18日の天王山の西武戦では、まさかの完封勝ちを演じ、チームに弾みをつけた。そうした強運をも念頭においての起用だったのだろう。

 だけど、どうだろう。初戦がパウエル対石井一久では、少なくとも勝つ確率は負ける確率よりも低い。いくら大阪近鉄が底力あるチームだとはいっても、本拠地で2連敗でもしようものなら、それを挽回するのは容易ではない。ならば、2戦目こそ先発はバーグマンではなかったか。その後のローテーションを考えても、最も信頼できるピッチャーを初戦か2戦目で先発させておかないと、展開いかんによっては1度しか使えなくなってしまう。球数を100球前後に限定すれば、初戦、4戦、そして7戦と3度先発に使うことも可能なわけで、先発の頭数がいない大阪近鉄にはうってつけの手だったろう。完投よりもゲームをつくれる先発ピッチャーが求められているはずだった。

(後編につづく)
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