二宮: プロになって18年目のシーズンは第3節を終えて2ゴール1アシスト。上々の出だしです。
中村: 昨季は、実は開幕前にインフルエンザにかかってしまったんです。それで1週間ほど入院して、筋肉が落ちてしまいました。まず日常生活に戻るための治療を行って、そこからサッカー選手としてプレーできるように体力を戻していきました。ただ、体調が戻る前にリーグの開幕を迎えてしまったんです。最初はまったく足が動かない。リーグ戦の7試合目くらいでようやく、疲れない体に戻ったという感じでしたね。

 万全のコンディションで臨む2013年

二宮: インフルエンザで入院となると、重症といっていいでしょう。
中村: 退院してからの練習で、全然走れませんでした(苦笑)。最初はピッチを2周くらい歩いて戻ってきただけ。あんなにきつかったのは初めてでした。やはり、年齢を重ねるとここまで戻らないものか、と思いましたね。ケガや体調を崩した時の、試合ができるように戻るまでの間隔が若い時よりは伸びていると感じました。

二宮: 前半の不調にはそういう理由があったんですね。リーグ戦7試合というと約2カ月。奇しくもその間、マリノスも開幕7戦勝ちなしと苦しんでいました。
中村: 逆に僕が動き出せるようになった8試合目からは、15戦負けなし。自分とチームの調子が比例していたので不思議な感じがしましたね。

二宮: 今年のコンディションはバッチリ?
中村: 今年は、若い時に比べてもいいですね。トレーニング後に計った乳酸値が、20歳の時と一緒だったんです。さすがに筋量はちょっと落ちてしまっていますが、だからと言って筋トレをバンバンやれば重りになってしまいます。その辺をどうカバーしていくか。そういうことを相談できるような人が周りにいるので心強いですね。

 理想はモチモチしたスパイク

二宮: 中村選手と言えばFKを抜きには語れません。フリーキッカーとしてどのようなスパイクが理想ですか?
中村: ブラジル人はよく素足に近いほうがいいと言いますが、僕も同じです。足がそこまで速いほうではないので、軽量のスパイクがいいですね。あとはボールを当てるアッパーの部分が薄くてモチモチしているのが理想です。

二宮: モチモチ、ですか?
中村: すごくペラペラなんですけど、履くと「あれ? そうでもないな」という。薄いのに、強くインパクトが得られる感じですね。あと、薄ければボールに当たった時に自分の足の感覚が残る。その時に「ああ、下を蹴りすぎたな」「この骨にいきすぎたな」とかがわかるんです。

二宮: そういった繊細な感覚がFKの生命線なんですね。では蹴る際の軸足を支えるポイントの好みはありますか?
中村: 僕は三角型のポイントが好きですね。というのも、日本のグラウンドは硬いんですよ。海外はすごく軟らかくて、どの方向にも滑ってしまう。僕は横への動きが多いので、丸型だとその動作で滑る。刃型だと横への動きはスムーズですが、日本の硬いピッチだと今度は前に行く時に滑ってしまうんです。

二宮: やはり海外と日本のピッチは相当違いますか?
中村: 僕の場合、海外では芝生の下の土が粘土質なので、FKを蹴る時の軸足がギュッと入っていくので、体を横に倒したまま蹴ることができました。日本のピッチだと、軸足が地面に食い込まないので、体を預けられない。ですから、少し感覚をずらして、より下からボールをすくい上げるように蹴っています。

 上から降らせるFK

二宮: 会心のFKを蹴った時は感触が残るものですか?
中村: 残らないですね。蹴った瞬間にわかるというか……。「これだ!」という時は、もうメンタル的にも無の状態。ゾーン(極限状態)に近いかもしれません。ですから、そのFKをあまり覚えてないことが多いですね。後で映像を何回も何回も見て、それを狙ってでもできるように頭に焼き付けるんです。

二宮: 軌道を頭にトレースするんですね。
中村: だから僕は自主練が好きなんです。ただ、海外だと自主練をさせてくれませんでしたね。それはFKに限らず、他の練習も同じです。成功した動作を叩き込む作業が、一番うまくなると思うんですけどね。

二宮: へえー、海外では自主練をやらせてもらえないんですか?
中村: 監督やコーチとかが見ていないところでの練習はケガする恐れもありますからね。あと、監督が決めた練習量をこなしたのに、それ以上に練習することで疲労を蓄積して、少しでも動きが悪くなるのが嫌なんでしょう。そういうタイプの監督はイタリア人に多かったですね。

二宮: その点、スコットランド時代の監督は自由にやらせるタイプだったと聞いています。
中村: 居残り練習をしても大丈夫でしたね。ただ、スコットランドの気候が単純に寒過ぎて、練習が終わったらすぐにクラブハウスに入っていました(笑)。それでも自主練は週に1度はやっていましたけどね。

二宮: 数あるFKの中でも、やはりマンチェスター・ユナイテッド戦(2006−07UEFAチャンピオンズリーグ)のゴールは一番印象に残っています。
中村: そうですね。相手といい、上から降らした弾道といい……。スコットランド移籍後に初めて決めたFK(05年、対マザーウェル)も上から降らせて入ったので、印象に残っています。あとはFIFAコンフェデレーションズカップ2003のフランス戦のゴールもそうですね。

二宮: 上から降らせることが重要なんですね。
中村: それが一番、キーパーが捕りづらいんですよね。上から降らせると、壁の上からボールが出てきてパっと反応した時に、上から来る弾道なのでキーパーがどの空間に飛べばいいかわからなくなるんです。山なりのシュートはキーパーも弾道がわかるので、そこに飛べばいい。野球のフライと似たような感覚ですかね。

 少なくなったフリーキッカー

二宮: Jリーグがスタートした頃は木村和司さんらがフリーキッカーの代表的存在でした。現在は中村選手を除くと彼らのような存在が少なくなかったようにも感じます。
中村: 確かに、昔に比べて減りましたね。和司さんは、引退後も足の軌道と添え方が現役時代と全く変わっていませんでした。もう根っからのフリーキッカーですよね。今はセンタリングをちょっとごまかして蹴っているという選手が多いかもしれません(笑)。
(写真:Jリーグ公式試合球の“cafusa”と中村俊輔選手着用モデルのスパイク“アディゼロF50ジャパン TRX HG LEA”)

二宮: 確かに。FKはセンタリングの延長線上ではないですよね。ちなみに中村選手の蹴り方ですが、以前スコットランドで話を聞いた時にはボールの質が変わったため「昔はボールをこすりあげていたけど、今はこすり上げなくなった」とおっしゃっていました。
中村: 今まではボールが変わっても大きな違いがなく、修正できていたんです。ですが、2006年のワールドカップくらいから、ボールに縫い目がなくなってきた。その辺から、こすったつもりでもボールが抜けてしまって、落ちなくなりました。

二宮: 回転がかからなくなったということですか?
中村: いや、回転はかかっているんですけど、落ちなくなって伸びていく感じになったんですよ。要はカーブというのはボールの縫い目に空気が入ることで、空気抵抗が生じて曲がる。最近のボールは曲がらずに、伸びる。クロスバーを越えていくイメージですね。ですから、スイングの振り方は変えずに、足の角度だけを変えてボールに当てにいくようにしたわけです。

二宮: なるほど。そういう工夫があったんですね。
中村: 海外でプレーしていた時は、あえてみんなの前でFKを蹴る時もありましたけどね。「オレがフリーキッカーだ」という風に。そうすることで「ああ、やっぱりナカに任しとけばいいや」となるんです。それはどこのチームでもシーズン始めのほうにやりましたね。

 転機になったトップ下転向

二宮: 昨シーズンはFKの点が少なかった。これは技術的な問題があったんでしょうか?
中村: うーん、メンタルな部分もあると思います。

二宮: といいますと?
中村: 自分でも驚いたのですが、トップ下でプレーするようになって、急にFKが決まるようになったんです。いいプレーができるできないではなく、トップ下が自分に合っている。360度、いつもボールを中心に自分がいて、その周りに周りの人がいる。右サイドハーフだとずっと端にいるだけで、自分のいるサイドで試合をしているだけという感覚でした。単純にボールに触れられないですし、ゲームに入れないんです。

二宮: 中村選手はボールを持つタイプですから、それでは波に乗れない。
中村: そうですね。それがトップ下だと、相手ボールであっても、味方が奪えば自分のところにパスがくる距離ですし、コンビネーションもいろいろな人と絡めるのでアドレナリンが出るんですよね。相手陣内でパスを回されても「追いかけまわして奪ってやろう」と。

二宮: それがFKにも好影響を?
中村: そうですね。FKもアドレナリンが出たまま蹴ることができます。実際、トップ下になってから、天皇杯も含めて急にFKが入るようになりました。

二宮: ゲームに入っている感覚が大事なんですね。
中村: ゲームに入りつつ自分の調子も上げていくということですね。そのなかで、FKを蹴る時は割り切りました。シーズンの半分を過ぎてからは足をボールに当てにいく蹴り方です。

二宮: ボールを蹴る時のジンクスは?
中村: 昔は空気穴の位置を気にしていましたが、今はアディダスのロゴマークですね。マークの三角形の頂点を決めたい方向に置くんです。これはもう単純にメンタルというか、自分で勝手につくった儀式のようなものですね。

 今季のマリノスは見どころ満載

二宮: 1993年にJリーグが開幕して今年で20年目です。今シーズンの見どころは?
中村: 混戦ですね。昨シーズンは2位から10位までが勝ち点差10の間でひしめきあっていました。

二宮: 戦国Jリーグですね。
中村: 昨季は攻撃的なチームでさえ、試合途中から5バックにしていました。それだけ、勝ち点3をもぎ取るのにどのチームも必死なんです。そのための戦い方に注目してもらえれば、楽しんでもらえると思います。

二宮: では、最後に今季の横浜F・マリノスの見どころをお伺いしましょう。
中村: 今季のマリノスは……見どころ満載でしょう。まずベテランが揃っている(笑)。この僕(今年で35歳)が中堅扱いですよ(笑)。ただ、個人的にはベテランのチームメートの存在がモチベーションになっています。サッカーに対する姿勢、メンタル、向上意欲が半端じゃない。それを見て「もっとやらなきゃ」と刺激を受けています。

二宮: 若手はどうですか?
中村: もちろん、今はマリノスの育成組織出身者が多くいるので、そういう選手たちにも注目してほしいですね。若い選手たちにはA代表や世代別代表に行ってもらいたい。そのためにアドバイスをどんどんしていこうと考えています。(齋藤)学たちはこれからすごく良くなると思います。

二宮: キャプテンの中村選手には若手選手の手本としても期待がかかります。
中村: 育成組織の選手がトップに昇格しても、すぐに試合に出られないことはあります。それがメンタル的にきついこともある。ですから、その時のメンタルケアだったり、アドバイスだったりを僕がしてあげたいんです。「何年後にこうなるはずだから、今はこうやっておいたほうがいい」とか。そうすることで、かなり違ってくると思うんです。サポーターも若い選手たちの成長を見たいでしょうからね。

<中村俊輔(なかむら・しゅんすけ)プロフィール>
1978年6月24日、神奈川県生まれ。深園FC―横浜マリノスジュニアユース―桐光学園―横浜FM―レッジーナ―セルティック―エスパニョール。芸術的なFKと高いテクニックを誇るレフティー。97年、マリノスに入団し、同年のJリーグ優秀新人賞を獲得。99年にベストイレブン、00年には史上最年少でJリーグMVPに輝いた。02年からレッジーナに移籍した。05年に移籍したセルティックでは多くのタイトル獲得に貢献。スコットランドPFA年間最優秀選手賞も受賞した。09年、エスパニョールへの移籍を経て10年、マリノスに復帰した。代表ではU−20W杯やシドニー五輪に出場。00年にはA代表デビューし、中心選手として2度のアジア杯優勝を経験。W杯はドイツ、南アフリカ大会に出場した。身長178センチ、70キロ。背番号25。J1通算238試合、50得点(2013年3月21日現在)。国際Aマッチ通算98試合、24得点。

(写真:斎藤寿子、構成:鈴木友多)
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