次世代の水上スプリンター。自らをそう称して世界へ挑む若者がいる。
 小松正治、21歳。この3月に香川・府中湖で開催されたカヌースプリント海外派遣選手権選考会で好成績をあげ、自身初の日本代表入りを果たした。カヤックシングル200メートルで3位、同ペアでは優勝を収めた。

「自分の得意とする200メートルで、ロンドン五輪に出場した選手(松下桃太郎、渡邊大規)にどこまで迫って、上回れるかがポイントでした。シングルでは2人に次いで3位でしたが、昨年までと比べてタイム差は縮まっています。選考会に向けて取り組んできた成果が出せました」

 リーチの長さが武器

 カヌー競技といえば、多くの方は激流を下りながらゲートを通過するイメージを抱くかもしれない。これはスラロームと呼ばれるものだ。小松が専門としているスプリントは湖などの静水面に設けられた直線コースを漕ぎ、そのタイムで順位を争う。さらにカヌーの形状によってカヤック、カナディアンに種目は分かれており、小松の乗るカヤックはデッキ部分が閉じられているタイプである。左右両方にブレードのついたパドルを体の前で回転させて水をかき、前へ進める。そのスピードはカヌーにモーターがついているのではないかと思うほど速く、世界のトップレベルではシングルで200メートルを35秒ほどでゴールする。陸上のトラック競技同様、10分の1秒どころか100分の1秒が明暗を分けるのだ。

 小松は中学校から、この競技に取り組み、高校ではインターハイでペア200メートルを3年連続で制するなど、将来を期待されてきた。178センチ、80キロの恵まれた体格に、リーチが長いのが最大の武器である。単純に手が長ければ、その分、パドルをより前へ運べる。人よりも前の位置から水をかけるため、ひとかきで進める距離も必然的に長くなるというわけだ。

 とはいえ、どの競技にも上には上がいる。高校では国内の同世代で向かうところ敵なしだった小松も、3年時に出場した世界ジュニア選手権ではペア200メートルで17位。世界の壁に跳ね返された。日本でもシニアのクラスに入ると、トップ選手とはまだまだ差があった。

「世界で上位を目指すには大学で勉強しながらの練習では限界がある。やるなら、とことんやろう」
 高校卒業後、小松は大学進学の道を選ばず、カヌーが盛んなオーストラリアに修行に出る。南半球で気候が逆という利点もあり、夏場は日本で練習をし、冬場はオーストラリアでトレーニングをした。その結果、昨年のオーストラリア選手権ではU−23でシングル200メートル3位に入り、一定の成績を残した。

 オーストラリアでの経験は貴重だったが、その代償も小さくなかった。何より渡航費や現地での滞在費は、地元の宮城県体育協会から支給される強化費と親からの仕送りに頼らざるを得ない。「マルハンワールドチャレンジャーズ」に参加したのも少しでも競技資金を親に負担をかけないかたちで集めたかったからだ。おまけに日本に戻ると、地元でひとりで練習する時間が長くなる。なかなか自らを限界まで追い込むトレーニングができないデメリットもあった。

 ショックだったのは昨年5月のドイツでのW杯だ。4年後のリオデジャネイロ五輪出場に狙いを定めて、初めてシニアの世界大会に参戦した。ところが結果は芳しくなかった。ペア200メートルでは26位、シングル200メートルでは予選すら突破できなかった。

「地元では母校の後輩たちと練習もしていましたが、代表に選ばれ、世界と勝負するには、もっと高いレベルでトレーニングをしなくてはいけないと感じていました」
 昨年の冬、小松は地元を離れ、埼玉へ拠点を移す。教えを請うたのは日本代表のコーチも務める尾野藤直樹だ。尾野藤は現役時代、この競技では長年、日本をリードしてきた第一人者である。昨夏、1カ月だけ指導を受けた際、短期間にもかかわらず、タイムが伸びた。それが門を叩くきっかけとなった。

 半年間で驚異のパワーアップ

「ポテンシャルは素晴らしいものがあります。一生懸命やろうという意欲もある。ただ、自分ひとりでトレーニングをやってきたこともあって、その方法が正しい方向ではなかったんです。それで力を十分に伸ばし切れていないように映りました」
 尾野藤は小松の第一印象をそう明かす。そして、まずは練習への取り組み方からアドバイスしていった。

「何をやって、どこまでタイムを伸ばすのか、明確な目標が出会った頃はありませんでした。目指すものがはっきりしないと、いくら意欲はあっても練習に対するモチベーションが落ちやすい。だから、まずは日々の練習で目的をはっきりさせました」
 五里霧中のまま水面を進むより、目的地が見えた状態で漕ぐほうがヤル気になるし、到達も早い。それがさらなる上昇志向につながる。
「今の彼はトレーニングを休むことへの恐怖心が出てきました。これはいい傾向ですね。やるべきことが見えてくれば、決められたトレーニングができないことが怖くなってきますから」

 練習へ臨む姿勢が変われば、効率は上がり、実力はどんどんついてくる。尾野藤は体づくりはもちろん、栄養の摂り方なども教え、約半年で目に見える形で効果が出てきた。小松のフィジカルデータをみるとトレーニングを始めた当初は30秒間で出せるパワーの最大値が最初は440ワットだったが、今では500ワットを超えるようになってきた。尾野藤によると「タイムに換算すると1.5秒ほど短縮されている。別人に生まれ変わったと言ってもいいレベル」という。世界のトップレベルは550ワットを出すと言われており、その部分では世界と対等に戦える力を備えつつある。

「パワーは全然、変わりましたね。ベンチプレスひとつとっても去年は120キロを挙げていたのが、今では145キロほどに重量が変わっています。しかもウエイトトレーニングの量も倍くらいできていますからね。昔は1時間くらいだったのに、2時間くらいのメニューで取り組めています」
 数値上のみならず、本人もパワーアップを大いに実感している。尾野藤も「頑張った分、かなり伸びている」と評価する。ワンランク上の力を得た21歳の代表入りは必然だった。
 
 小松の夢は五輪でのメダル獲得だ。日本のカヌー界は男女通じて、まだ五輪の表彰台に上がったことはない。昨年のロンドン五輪では男子カヤックで松下桃太郎、渡邊大規の2選手が日本勢28年ぶりの出場を果たしたものの、ペア200メートルで10位、シングル200メートルで松下選手が11位だった。

 このロンドンより200メートルが新たな種目として五輪に加わっており、この距離を得意とする小松にとっては追い風が吹いている。ただ、当然のことながら他国の強豪たちも実力を伸ばしてくることだろう。五輪までの3年間で、いかに彼らとの差を縮められるか。この5月のハンガリーでのW杯から、いよいよ日本代表として世界へカヌーを漕ぎだす。 

(後編につづく)


小松正治(こまつ・せいじ)
1992年1月29日、宮城県生まれ。中学よりカヌーを始め、宮城・中新田高時代はジュニア日本代表にも選ばれる。インターハイでカヤックペア200メートル3連覇を含む5冠を達成。国体でも同種目2連覇を果たす。高校卒業後はさらなるレベルアップを目指し、オーストラリアでトレーニングを積む。12年のオーストラリア選手権ではU-23カヤックシングル200メートルで3位入賞。同年8月の第2回「マルハンワールドチャレンジャーズ」では協賛金100万円を獲得。この3月、海外派遣選手選考会で初のA代表に選ばれた。2016年の五輪出場、2020年五輪のメダル獲得が目標。178センチ、80キロ。
>>オフィシャルサイト

『第2回マルハンワールドチャレンジャーズ』公開オーディションを経て、7名のWorld Challengers決定!
>>オーディション(2012年8月28日、ウェスティンホテル東京)のレポートはこちら


※このコーナーは、2011年より開催されている、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(石田洋之)
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