「僕がプレーするのは優勝を勝ち取るため。その目標にたどり着くためには、とても長い時間が必要で、ファイナル制覇はバスケットボール人生の中で達成するのが最も難しいことだった。いつでも成功できるわけではなく、(2007、11年のファイナルでは)2度も敗者の側にまわってしまった。今季、こうして再び勝負ができる立場に戻ってこれたことをうれしく思う」
“キング・ジェームス”との愛称を冠されてNBA入りしたレブロン・ジェームスにとっても、昨季、マイアミ・ヒートの一員として初優勝を飾るまでに9年もの長い時間が必要だった。そんな経験を経てきたからこそ、サンアントニオ・スパーズと対戦するファイナル開始前の言葉には余計に実感がこもっているように感じられたのだろう。
(写真:現役最強プレーヤーは2年連続ファイナル制覇を達成できるか)
 今季も平均26.8得点(FG成功率56.5%、3ポイント成功率40.6%はともに自己最高)、8.0リバウンド、7.3アシストと驚異の成績を残し、この5年間で4度目のリーグMVPを獲得。史上2位の27連勝という記録の立役者となり、シーズン通算でもヒートをリーグ最高勝率(66勝16敗)に導いた。

 入団当初とは異なり、その爆発的な身体能力に依存してプレーしているようにはもう見えない。心身ともに研ぎすまされ、弱点らしい弱点は存在しなくなった。28歳とピークの年齢に差しかかり、今のレブロンはNBA史上でも最高級のプレーを展開していると言ってよい。

 そういった今季の活躍と、せっかちな米メディアの性質を考えれば、3年連続の出場となったファイナル開始前に、レブロンをマジック・ジョンソン、マイケル・ジョーダンといった過去の偉大な選手たちと比較する声が改めて飛び出し始めたのも当然のことなのかもしれない。

「自分のレガシーを考えながらプレーしているわけではない。このゲームを楽しみながらプレーするのが好きで、競争を愛しているからだ。キャリアが終わったとき、僕ではなく、あなたたち(メディア)が僕のレガシーを判断することになるのだろう。しかし、そんなことを心配してはいないよ」

 歴史的評価ばかりを語りたがる周囲に対し、当のレブロンは無関心を貫いたコメントを残している。実際、まだ現役選手であるレブロンを歴代グレートたちと比べるのは、いわばコイントスのコインが宙を舞っている間に表裏を決めようとするようなもの。特に史上最高のバスケットボーラーと呼ばれたジョーダンとの比較など、余りにも時期尚早すぎる感は否めない。
(写真:「Witness History(歴史を目撃しろ)」と刻まれた巨大ポスターがヒートのアリーナには掲げられている)

 もっとも、そんな声が飛び出すこと自体が、この現役最高のプレーヤーへの周囲の尊敬の証。そして、今年のファイナルでスパーズを下して2連覇を飾れば、その名声はさらに高まることは間違いない。

 1960年代に8連覇を飾ったボストン・セルティックス以降、ファイナル3連覇を成し遂げたのはジョーダンを擁したシカゴ・ブルズ(91〜93年、96〜98年)と、シャキール・オニール、コービー・ブライアントという強力デュオが率いたロスアンジェルス・レイカーズ(00〜02年)のみ。ヒートがここで連覇を成し遂げれば、少々気は早いが、レブロンはマジック・ジョンソン、ラリー・バード、アキーム・オラジュワン、アイザイア・トーマスも成し遂げていない偉業への挑戦権を得ることになる。

 もっとも、今回のファイナルでは、ヒートはスパーズ相手に断然有利とみなされるているわけではない。「スポーツ・イラストレイテッド」誌の5人の記者のうち、ヒート勝利と予想したものが3人、スパーズが2人。37歳ながら今だに力を保つティム・ダンカン、リーグ有数のPGと呼ばれるようになったトニー・パーカー、勝負強いエマニュエル・ジノビリ(プレーオフ平均11.5得点、FG成功率38.3%)という“ビッグ3”が引っ張るスパーズは、決して簡単に勝てる相手ではない。
(ジノビリ(写真)、ダンカン、パーカーといった未来の殿堂入り候補選手たちが揃うスパーズは大変な強敵だ)

「これ以上ないほどのバスケットボールIQを備えたチーム。スパーズの選手たちは、ゲーム中に他の選手がどこにいるのか、目をやらずとも理解しているかのように思えるくらい。総合力に優れたチームだね」
 そんなドウェイン・ウェイドの言葉通り、知将グレッグ・ポポビッチに鍛え抜かれたスパーズが、自滅のような形で敗れ去ることだけは考え難い。

 レブロン個人としては、クリープランド・キャバリアーズ時代の2007年ファイナルで惨敗した相手への雪辱戦という形になる。もし、ここで敗れれば、同じ相手に2連敗となり、ファイナルの通算成績も1勝3敗。6度出場したファイナルで全勝し、そのすべてでMVPに輝いたジョーダンと比べ、大舞台での実績で大きく見劣りしてしまうことにもなる。

 そんな背景もあって、現地時間6日から始まったファイナルではレブロンの一挙一動に注目が注がれ続けることは間違いない。もっとも、その一方で、勝負の行方は大黒柱以外の選手たちの貢献に委ねられることになっても不思議はないように思える。

 レブロンはプレーオフでの16戦で平均26.2得点、7.3リバウンド、6.4アシストとハイレベルで安定しているのに対し、ウェイド(平均14.1得点)、クリス・ボッシュ(同12.3得点)、レイ・アレン(今プレーオフではFG成功率38.9%)は低迷。脇役のサポートが乏しかったがゆえに、イースタン・カンファレンス・ファイナルではインディアナ・ペイサーズに第7戦まで粘られるほどの大苦戦を味わう結果となってしまった。

 体調不良の選手も多いヒートのサポーティングキャストたちは、最後の大舞台で奮起できるのか。あるいは鍵となるパーカーへのディフェンスから、重要な場面での得点に至るまで、やはりレブロン頼みとなってしまうのか。
(写真:3点シュートの得意なアレンの貢献も重要だ)

 第1戦ではスパーズが先勝し、ヒートにとって幸先悪いスタートとなった。前術通り完成されたシステムを誇るスパーズは、やはり個の力だけで突破できる相手ではない。それだけに、特に“ビッグスリー”を形成するはずのウェイド、ボッシュの状態が徐々にでも上向かなかった場合、厳しい戦いが続くようにも思えるが……。

「彼ら(スパーズ)は2007年に僕たちのホームコートで勝ち、優勝を祝っていった。そんな経験を忘れるべきではないんだ」
 そう語るレブロンにとって、古豪相手の6年ぶりのリマッチは、自信のレガシーをも左右しかねない重要な戦いである。

 若手の多いオクラホマシティ・サンダーを4勝1敗で下した昨季より、はるかに険しいシリーズになることは必至。しかし、この難関を突破すれば、得られる賞讃もより大きくなるに違いないのである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
Twitter>>こちら
◎バックナンバーはこちらから