二宮: 昨季のサントリーサンゴリアスはレギュラーシーズンから公式戦を17戦全勝。2年連続で国内タイトル2冠を達成しました。全勝での2冠獲得は現行のシステムになって以降は初の快挙。就任1年目で素晴らしい手腕を発揮しました。
大久保: 僕の力というよりも、一昨季まで2年間、エディー・ジョーンズ(現日本代表ヘッドコーチ)がやってきたアグレッシブ・アタッキングラグビーを継続して、その3年目という意識で昨季をスタートさせました。何か新しいことに取り組むのではなく、いかにエディーがつくってきた文化を定着させるか。その1点に集中していました。

 前指揮官の文化を継承

二宮: エディーさんはオーストラリアや南アフリカで監督、チームアドバイザーを務めてきた世界的な名指導者です。彼の下で2年間、FWコーチをしてきましたから、“継承”が大きなテーマだったと思われます。
大久保: エディーには選手時代にもコーチをしてもらって、彼のラグビー観はよく理解しているつもりです。だから、それを引き継いでいくことが一番だと考えていました。選手も「エディーがいなくなって弱くなった」と言われるのはイヤでしょうから、チームが一体となって、その作業ができたと思います。

二宮: サントリーのラグビーを見ているとフィットネスの良さが目立ちます。80分間、動きが落ちません。
大久保: これもエディーの2年間の成果です。最初の1年目、選手たちはまだまだひ弱でしたから、徹底的に走り込みをしました。2年目はそれにスピードもつけて、より強度が高く、実戦的なトレーニングをしたんです。そして昨季はウエイトトレーニングにも力を入れました。スピードとパワーは相反する部分があるのですが、ひとりひとりの数値をみながら、両方のバランスをとる体づくりをしていきました。練習に関しては、世界の強豪ともひけをとらない内容をこなせていると自負しています。

二宮: 体づくりにはトレーニングのみならず、食事も重要です。その点の管理もすると?
大久保: 選手には1日5食、6食食べて、5000キロカロリー摂取を目標にしています。栄養面でも血液検査をしてみると、鉄分が不足していることが判明しました。今年は栄養の部分も意識し、食事に加えてサプリメントを活用することで、選手の体を内側からも強くしていきたいと考えています。

二宮: エディーさんは「サッカーのスペインに代表されるようにボールをつないで、華麗なラグビーをしたい」と語っていました。
大久保: サントリーのFWは決して他と比べても大きいわけではありません。でも僕たちのラグビーで一番大事なのはFWの仕事量。ボールを持っていれば、自分たちで試合をコントロールできます。それを測る尺度はブレイクダウン、コンタクトの数になりますから徹底してこだわっていますね。
 ただ、強いと言われていても負けてしまうのが勝負の世界です。だから、昨季の2冠におごることなく、常に進化し続けなくてはならないという危機感を抱いています。

 世界でプレーする選手育成を

二宮: 前監督のエディーさんが率いている日本代表はこの6月にはウェールズを破る金星をあげました。2015年の世界大会、19年の日本開催の大会へ、確実に強化が進んでいます。
大久保: まずは15年にピークが来るように、逆算して取り組んでいますよね。今はトレーニングもかなりハードにやっていて、世界と戦えるフィジカルをつくろうとしています。その証拠に代表から選手が戻ってくると、だいぶ疲れて帰ってきますね。代表で力をつけることはチームにとっても決してマイナスではありません。ただ、代表での活動期間は限られていますから、選手ひとりひとりが所属チームに帰って、どのように過ごすか。ここが代表がどこまで強くなれるかのポイントになるでしょう。

二宮: 大久保監督も現役時代、代表のメンバーとして世界と戦ってきました。その時は世界の壁を痛感したのではないでしょうか。
大久保: フィジカルのレベルの違いが大きかったですね。コンタクトでの疲労度は、国内の試合では経験できないものでした。相手とぶつかると骨がきしむような感覚なんです。しかも経験も不足している。99年にウェールズと現地で試合をした時は、大観衆がスタンドに詰めかけて声援を送るので、グラウンドの中で選手同士のコミュニケーションがとれないほどでした。そういったラグビーに対する文化の違いも感じましたね。

二宮: その後、ニュージーランドでも1シーズンプレーしました。本場で得たものは多かったのでは?
大久保: 世界一のオールブラッグスを、ニュージーランドの各クラブが支えているんだと実感しました。練習ウェアもボロボロだったり、決して環境が良くなくても、みんながラグビーを楽しんでいる。雨も多くてグラウンドもドロドロなのに、その中で、ものすごいステップを切っていくんです。タフなところから、強い選手がどんどん生まれていくのを目の当たりにしました。

二宮: まさにラグビーが日常になっているわけですね。
大久保: ブラジルのサッカーのような感じでしょうね。ブラジルのサッカー選手が足にボールが吸いついているように見えるのと一緒で、ニュージーランドの選手も小さい頃から楕円のボールを操っているので、コントロールが非常にうまい。その上でオールブラックスのトップレベルの試合を間近で見ていますから、目も肥えて能力が自然と上がっていく。

二宮: 日本も、そういった海外で経験を積んだ選手が代表の中で増えていくと良いですね。代表が強くなることに加え、若い選手たちが世界を意識するようになる。この流れが加速すれば、日本のラグビーに新たな風が吹くはずです。
大久保: サッカーの代表だと海外組が半数を占めています。昨季はスーパーリーグで2名の選手がプレーしましたが、ラグビーも同じような割合になると、エディーさんが掲げている「トップ10入り」に近づいてくるでしょう。サントリーにも、SH日和佐篤など可能性を秘めた選手がいます。今後の取り組みとしては、この5年間でスーパーラグビーに参戦する選手が何人も輩出できるようにしていきたいですね。世界挑戦を夢見て、サントリーに入ってくる選手が出てくればと思っています。

 クラブの世界大会を

二宮: adidasが掲げているメッセージは「この国にラグビーを取り戻せ」。6年後の日本開催へ機運を高めるには、先に話題になったニュージーランドのように小さい頃からラグビーに親しめる環境整備が不可欠です。
大久保: ラグビーだけではなく、地域でいろんなスポーツに取り組める環境になってほしいですね。子どもにとって、どの競技が合っているか最初からは分かりません。僕は中学時代に野球、高校時代はバレーボールをしていましたが、それだけを続けていたら今の自分はなかったでしょう。大学でラグビーに出合って、それが運よく自分に適していた。他にも、違う競技をやったら芽が出る選手はたくさんいると思うんです。僕たちも各地でラグビークリニックを開催したり、会社でもジュニアのタグラグビー大会を主催したりしています。こういった活動は継続していきたいと考えています。

二宮: 一方で大久保監督のように大学に入ってからラグビーを始めて日本代表にまでのぼりつめる選手もいます。少子化が進む中、他競技から人材を集めることも並行して進めなくてはなりません。野球、バレーボールをしていてラグビーに役立った点はあるでしょうか。
大久保: 野球のフライや、バレーボールでのトスなどの位置をとらえる感覚は、ラグビーでも役立ちました。ボールの最高到達点を見て、どこへ落ちるかが判断できると、いち早く、その場所に走り込むことができますから。

二宮: 今季は3年連続2冠への挑戦です。サントリーは代表にも多数の選手を送りこんでいますから、日本ラグビーをさらに牽引する役割が求められます。
大久保: 日本のラグビーに貢献したいという思いは強く持っています。もちろん、19年日本開催時の目標である「ベスト8入り」には、他のチームや関係者も含めてスクラムを組んで臨んでいかなくてはいけませんが、その中心にサントリーがなれればと思っています。具体的には19年に代表の3割をサントリーの選手が占めることがクラブビジョン。そうなるには日本の中でサントリーが勝ち続けなくてはいけないし、世界を目指せるクラブに発展させなくてはなりません。

二宮: 単独チームでも世界と互角に戦えるレベルになれば、それが代表の強さにもつながります。サッカーのクラブワールドカップのような大会があるといいかもしれませんね。
大久保: そうですね。01年にサントリーが単独チームでウェールズを破った時には、大きな自信になりました。たとえばスーパーラグビーのチャンピオンと、日本のチャンピオンが試合をすれば、選手もいい経験になりますし、ファンも盛り上がる。11月にはオールブラックスが日本代表との試合で来日しますが、スポンサーが同じadidasですから、ぜひ一緒に練習ができないかと考えているんです(笑)。

 去年のチーム、自分を超えろ!

二宮: 勝ち続けて日本のラグビーを引っ張っていく上では“継承”だけでなく“変化”も求められます。2年目の指揮を執るにあたっての強化ポイントは?
大久保: チーム内でコアなメンバーはここ数年、変わっていませんから、年を重ねるにつれ、30代の主力が多くなってきました。彼らが頑張っている間に次の世代を育てなくてはいけない。1年目、2年目の選手を鍛えて、しっかりチームの規律を植え付けていく必要があると考えています。

二宮: サントリーではゲームキャプテンのみならず、ロッカールームのキャプテンも設けているとか。
大久保: チームの規律を徹底するためですね。ロッカーの使い方が汚かったり、グラウンドに道具が転がっているのはチャンピオンのチームとしてはふさわしくありません。それを僕たち指導者が、あれこれ言う前に、選手同士で気づいて指摘し合ってほしい。何より、ラグビーは規律が大切なスポーツです。試合中にひとりでも規律を乱すと、ボールはつながりません。日頃の姿勢が、フィールドの中でも必ず反映される。勝つためにはオフフィールドでの取り組みこそが重要なんです。

二宮: 世代交代、新陳代謝は、どの組織に置いても避けて通れない問題です。大久保監督のプランは?
大久保: 負けてもいいから、思い切って若返りを図るというのが、よくあるパターンでしょうが、僕は勝利と世代交代の両方にチャレンジしたい。今のチームなら勝ちながら、若手に少しずつ切り替えていくことは可能だとみています。

二宮: サントリーが2年連続で2冠を達成しているとはいえ、上位チームの実力差は、それほど大きくありません。勝ちながら育てるというのは、かなり難度の高いミッションになりますね。
大久保: 近年はどのチームも相手を研究するのが当たり前ですから、サントリーの戦い方に対しても対策を練ってくるでしょう。トレーニングに関しても、よいものがあればマネをしてきます。今季に関しては、各チームの実力差は、さらに縮まるのではないでしょうか。だからこそ、例年にも増してフィジカル面でのタフさが求められるシーズンになる。チャンピオンとして守りに入るのではなく、去年のチームを超える、去年の自分を超える。この意識が大事だと思っています。

二宮: 今季のリーグ戦は8月30日開幕です。今季から16チームに増え、2プール2ステージ制が採用されます(第1ステージは昨季の順位に応じて16チームを2組に分け、リーグ戦を実施。第2ステージは、第1ステージの上位と、下位に組分けを変更し、リーグ戦で順位を決定する)。サントリーが強くなれば、日本も強くなる。そのくらいの高い志で、日本に新しいラグビー文化を定着させてほしいと期待しています。
大久保: 日本には世界のトップクラスの選手がやってきていますから、一番はその中で、いいラグビーをみせて勝つこと。そして、成長した日本の選手を海外に送り込み、個の力を伸ばすこと。サントリーが日本のラグビーを強くし、盛り上げる基盤になる。これが僕たちのミッションだと感じています。

大久保直弥(おおくぼ・なおや)プロフィール>
1975年9月27日、神奈川県出身。中学時代は野球、高校時代はバレーボールに取り組み、大学進学後にラグビーを始める。卒業後はサントリーへ。00年、01年と2年連続の日本一に貢献。チームのキャプテンも務めた。99年より日本代表にも選ばれ、代表キャップ数は23。04年にはニュージーランドでプレーし、08年のシーズンを最後に現役を引退。11年のシーズンからはサントリーのFWコーチに就任し、昨季より監督に就任。1年目で公式戦全勝での2冠達成にチームを導いた。

(写真・構成:石田洋之)
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