「今回の選手権では2人の若手に注目してください」
 5月に行なわれた内閣総理大臣杯争奪第41回日本車椅子バスケットボール選手権大会の直前、チームのみどころを訊くと、及川晋平ヘッドコーチからは2人の名前が挙がった。湯浅剛と田中聖一。ともに加入2年目、チーム一の成長株だ。そしてもうひとり、彼らの名前を挙げたのがチームの中心である安直樹だ。彼は2人をこう表現している。
「今、一番成長著しいのは湯浅と聖一でしょう。賢くて理解が早い湯浅は、チームの頭脳的存在で抜群の安定感がある。一方、聖一の場合は、持っているポテンシャルが非常に高い。当たった時は大きいんです」
 言うなれば、湯浅と田中は正反対のタイプのプレーヤーだ。そんな2人が今、チーム強化のカギを握っている。

 繰り返さないと決めた“後悔”

「湯浅はプレーが正確で安定感がある。どんな状況でも大崩れすることがありません。他の選手をいかすなど、連携プレーもうまい。ベンチとしては、非常に信頼できる選手です」
 今や指揮官から全幅の信頼を寄せられている湯浅。その証拠に、及川は彼をスターティングメンバーに起用することが多い。
「スタートではまだ、どちらに流れが傾くかわからない状態なわけです。そこで相手のペースになれば修正しますし、自分たちのペースに持っていければそのままいくことができる。だからこそ、どんな状態にも動揺せずにいつも通りのプレーができる選手をスタートに出したいんです。その点で湯浅は間違いありません」

 湯浅を高く評価しているのは、安も同じだ。
「湯浅は間違いなく、努力していますよ。5月の選手権が終わった後の練習でも、モチベーションを落とすことなく、ずっと継続していますからね」
 そんな先輩の言葉を隣で聞いていた湯浅は、こう述べた。
「一番大きな目標である選手権を終えると、少しオフのような感じになるんです。ベテランの選手たちは、既に調整の仕方がわかっているからいいと思うのですが、僕たち若手にオフは必要ありません。今は限界までやるべき時だと思っています」

 実は湯浅がこうした考えに至った背景には、過去に経験した“後悔”があった。湯浅はケガをして車椅子の生活になるまで、野球選手だった。その時の湯浅は練習で手を抜いたこともあったという。そしてレギュラーを外された時、彼は強く後悔した。「もっと頑張ればよかった……」。その時のことを、湯浅は今でも忘れてはいない。

「生まれ変わったら、後悔しないように絶対に手を抜かずに練習をしようと思っていました。だから、車椅子生活になって車椅子バスケットを一から始めることになった時、思ったんです。野球の時のように、手を抜くことは絶対にしないって。正直今も、練習をさぼりたくなる時もあります。でも、過去の自分を思い出して、『ここで練習しなかったら、野球でレギュラー落ちした時と同じ道を歩んでしまう』と自分に言い聞かせるんです」

 努力の成果は既に表れている。前述したように、湯浅は今やチームにとって欠かすことのできない存在だ。
「彼は努力することに関しては、放っておいても自分でできるタイプ。水をあげた分だけ、グングン育つ優等生です。こちらの言うことはきちんとやる。それだけでなく、彼自身も考えようとするし、アドリブもきく。まだステージ10のうち、2くらいですけど、今の段階としては十分です」
 と及川も手応えを感じている。2016年リオデジャネイロパラリンピックの代表候補にも名前を連ねる湯浅は今年、チームの副キャプテンというポジションを与えられた。今後は若い世代を牽引し、さらなる飛躍が求められている。

 課題は連携プレーの強化

「今年は湯浅をチームの中心に据えたいと思っていた。それはある程度、クリアできました。特にスタートに関しては、彼の存在が非常に大きかった。今度は田中の番です」
 及川にとって、次なるミッションの柱は田中の育成である。彼は今年、故障が多く、日本選手権ではベンチを温めるなど、思うような成果をあげることができなかったのだ。それでも、U−23代表メンバーに選出され、今年6月の世界選手権アジアオセアニア地区予選会に出場。大会MVPに輝いた。

 田中のプレースタイルは、湯浅のそれとはまったくの正反対と言っていい。安定したプレーでチームの司令塔的役割の湯浅とは異なり、田中は個の力が秀でているプレーヤーだ。
「彼はスピードがあるし、ボールハンドリングやショット、ドライブのテクニックはピカイチです。障害の重さとしては1.0〜4.5まで8段階ある中で、彼は下から3番目に重い2.0なのですが、そのクラスであそこまでキレのあるプレーができる日本人選手はいないでしょうね。本当に面白いプレーヤーですよ」

 その田中の課題は、チームプレーだという。田中自身の独創的なイメージでプレーするにはいいのだが、それだけではチームとしては成り立たない。また、男子日本代表のヘッドコーチでもある及川にとって、日本はチームとしての連携を強化しなければ世界に勝てないという考えがある。将来的にはパラリンピック代表になり得るだけの素質を持っている田中を、チームプレーのできる選手に育てることは、日本としてのミッションでもあるのだ。

 湯浅もまた、そのことを理解している。だからこそ、田中の高い能力を引き出すのも自分の役割だと考えている。
「聖一は人とのコミュニケーションをとるのが苦手な分、チームでの決め事を理解するのに時間がかかってしまうんです。だから、そういうところは僕が積極的に声をかける必要があると思っています。それさえ理解できれば、能力は抜群にある選手ですから。お互いにいいところを出しつつ、僕たち若い選手がどんどんレギュラー陣にくいこんでいけるようになりたいと思っています」
 来年の日本選手権で湯浅と田中がスターティングメンバーに顔をそろえた時、車椅子バスケットボール界の新たな時代が訪れるのかもしれない。

 MWCで練習環境の確保

 悲願の日本選手権制覇を目指し、チーム強化に余念がないNO EXCUSE。彼らにとって、何より必要なのが練習場所の確保だ。東京都内の体育館を予約しなければならないが、その費用は決して小さくはない。時には経費を抑えようと、都心から離れたところを借りたり、選手たちから費用を徴収したこともあったという。

 だが、昨年「第2回マルハンワールドチャレンジャーズ(MWC)」に応募し、協賛金を得たことで、練習場所の確保に頭を悩ませることも少なくなった。
「MWCの協賛金には本当に助けられています。環境を安定させられるようになり、確実に練習することができています」

 チーム創設10年目を迎え、練習には常に15人ほどの選手が集まる。しかし最初の5年ほどは、仕事などで来られない人が多く、平日は1人、2人という日も珍しくなかったという。
「今では他のチームからも来てくれるんです。5対5ができるほどの人数がいるということだけで幸せですよ」

 10年前、及川が「NO EXCUSE」というチーム名をつけたのには、こんな理由があった。
「やるからには思い切りやりたい、そういうチームにしたいなと思ったんです。例えばシュートを外した時に『今日は調子が悪い』とか『風邪気味で』とか、そういう言い訳は言わない。それって一番つまらないことですよね。結果を出すために、チャレンジすることこそがスポーツの醍醐味なんですから。だから、言い訳(EXCUSE)せずに、思い切ってチャレンジすることを楽しもうよ、という思いを込めたんです」
 悲願の日本一へ――NO EXCUSEのチャレンジは、まだまだ続く。

(次回はサーフィン・高橋みなと選手を紹介します。9月5日更新予定です)


<NO EXCUSE>
2002年、元日本代表の及川晋平が創設した東京を拠点とする車椅子バスケットボールチーム。「自己成長(Maximize Your Potential)」「社会貢献」「チームワーク」を理念としている。07年、日本選手権で初めて決勝進出を果たし、準優勝。12、13年と2年連続で準優勝を果たす。

>>オフィシャルサイト

 夢を諦めず挑戦せよ! 
『第3回マルハンワールドチャレンジャーズ』最終オーディション参加アスリート決定!

 公開オーディション(8月27日、ウェスティンホテル東京)で、世界に挑むアスリートを支援します。このほど、270名の応募者からオーディションに進むアスリート10名(組)が決定しました! 

【ファイナリスト(五十音順)】
朝比奈綾香(自転車BMX/Jr.日本代表)
池治ちあき(アルティメット/日本代表)
岩本憧子(スキーモーグル/日本代表)
梅原玲奈(スキークロス/日本代表)
大山未希(ビーチバレー)
奥田慎司(キンボール/日本代表)
黒木優子(ボクシング)
谷川哲朗(フィンスイミング/日本代表)
土井健太郎・康太郎(車椅子卓球/日本代表)
中野広宣(カイトボーディング/日本代表)

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※このコーナーは、2011年より開催されている、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(文・写真/斎藤寿子)
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