「準備はできているよ。さあ、始めよう」
 そんな言葉とともに、ジェイソン・コリンズはNBAに戻ってきた。
 昨年4月、「スポーツ・イラストレイテッド」誌上でゲイであることを告白したコリンズは、2月23日、ブルックリン・ネッツと10日間契約を締結。NBA史上初めて同性愛を告白した現役選手となり、以降はプレーオフを目指すチームの一員としてプレーし続けている。
(写真:2月下旬以降、コリンズは全米最大級の注目選手となった Photo By Gemini Keez)
 35歳のコリンズは平均プレー時間は9分弱のロールプレーヤーだが、“歴史的存在”としての話題性が変わるわけではない。3月3日には初めてブルックリンの地元戦に臨み、試合前には多くの報道陣の前で記者会見を行なった。

“ゲイ選手”として現代のパイオニアとなった男は、何を感じ、何を考え、スポーツの範疇を越えた注目を集めるコートに立ち続けているのだろうか。
 以下、グループセッションでの一問一答

――周囲の反応は?
JC: 去年、(まだカミングアウト前に)セルティックスからウィザーズにトレードされたときの反応とは随分と違うね(笑)。僕にとっても、これだけ騒がれるのは未経験のことだ。ただ、素敵なことだと思う。こんな言葉を使うことになるとは思わなかったけど、本当に素敵な経験だと感じる。今では人々はブルックリンの背番号98のジャージを買うことに興味を持ってくれているんだから。

――注目度はすさまじく、適応は簡単ではない?
JC: だいぶ慣れてきたとは思う。時間が経つにつれて、騒ぎが収まるのは分かっているからね。記者たちも、同じトピックでそれほど多くのストーリーを書き続けられるわけじゃない。新しい場所に行くたびに多くの取材に受けることも、徐々に気楽にこなせるようになってきた。徐々に落ち着いて、ゲームでプレー面での貢献に集中していければ良いと思う。なるべく周囲の喧噪は気にしすぎず、1試合1試合、1日1日を大事にしたいと思っている。

――アウェーのファンからはどう受け取られているように感じた?
JC: これまでは、どのアリーナでも、僕が出場するたびに大きな歓声を受け取ってきた。通常ならロードゲームではヤジも飛ばされるものだから、少々奇妙な状況ではある。敵地で拍手を浴びるというのは不思議なものだ。ただ、そういったことにばかり気を取られているわけではない。僕の頭にあるのは、観客にどう受け取られるかよりも、どんなプレーができるかだからね。

――バスケットボールの面ではチームに適応できている?
JC: 学ばなければいけないことはまだあるよ。過去12年に渡ってプレーしてきたけど、(去年の)4月以降は実戦から離れていた。タイミングを取り戻し、コート上でできることをやっていきたい。オフェンス面では身体を張ってスクリーンをセットして、ディフェンス面ではサイズと強さを利用して貢献したい。
(写真:最初の6戦では平均8.9分をプレーし、平均0.5得点。ディフェンスで地道に貢献している Photo By Gemini Keez)

――ブルックリンでこれからプレーして行くことについては?
JC: エキサイティングだ。家族や友人たちも試合を観に来ることに興味を持ってくれていて、チケットのリクエストもかなり受け取っている(笑)。ホームのファンもサポートしてくれるのだろう。そんな中でも集中していきたいね。

――黒人メジャーリーガーのパイオニアになったジャッキー・ロビンソンと同じくブルックリンのプロチームに入った。
JC: 僕はただ、ジェイソン・コリンズでいたいんだ。ジャッキー・ロビンソンが野球界とアメリカ社会のために成し遂げたのは凄いことだと思う。しかし、僕ができるのは“ジェイソン・コリンズでいること”だけだからね。

――背番号入りジャージのセールスで、レブロン・ジェームス、ケビン・デュラントのようなビッグネームを抜いて1位に立っている。
JC: 正直言って、ジャージのセールスに関しては驚かされた。しかし、僕がなぜ、あの背番号を付けているか(マシュー・シェパード事件(次段参照)が発生した98年にちなむ)を理解して、周囲の人々がそれをサポートしてくれているというのは素晴らしいことだ。人生におけるうれしい驚き。僕のジャージを買ってくれた人々には心から感謝したい。
(写真:学業で有名なスタンフォード大学出身で知的なことでも知られる Photo By Gemini Keez)

――ミルウォーキーを訪れた際には、1998年に“アンチ・ゲイ”が原因で殺されたマシュー・シェパード氏の両親とも対面した。
JC: 特別な時間だった。素晴らしい経験だったと言える。僕は幸運だったし、彼らがワイオミングから車を運転して来てくれて、逢うのが可能になったことをとても嬉しく思うよ。あの事件が起こり、彼が殺されたとき、僕はカレッジの生徒だった。酷い悲劇だ。あのような事件があったということが、人々が前に進む助けになることを願うしかない。

――これから先に選手としてやっていきたいことは?
JC: バスケットボールのゲームに勝つことだ。

 ブルックリンでメディアの前に現れたコリンズは、周囲のサポートへの感謝を繰り返しながら、一方で先に進むことを望み続けた。
「プレーで貢献したい」「ゲームに勝ちたい」
(写真:ブルックリンでの初試合時には普段の数倍以上のメディアが訪れた Photo By Gemini Keez)

 ゲイへの偏見は少ないアメリカ社会でも、スポーツ界はまだ別というのが一般的な認識だった。そんな世界に飛び込んだパイオニアは、「ただ、ジェイソン・コリンズでいたい(=自分らしくいたい)」と繰り返し語る。

 ゲイ告白が最初のステップで、選手としてプレーすることが2歩目。そして、当初の騒ぎが収まり、これが誰にとっても“特別なこと”ではなくなったとき、本当にコリンズは受け入れられたことになる。そのとき、後に続くゲイの選手たちにとっての扉が真の意味で開かれることにもなるのだろう。

 コリンズがNBAのコートに立った瞬間が、歴史的な出来事だったことは間違いない。ただ、「当たり前になること」への挑戦はまだ始まったばかりである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
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