湯浅菜月は日本大学に進学した後も、結果を残し続けている。10メートルエアライフル(AR)では、2011年に日本学生選抜ライフル射撃選手権(個人、団体)、12年には全日本女子学生ライフル射撃選手権(個人)を制覇。大学1年の冬から始めた50メートルライフル3姿勢でも、13年の全日本女子学生(個人)で優勝した。そんな湯浅の実力について、日大射撃部の齊藤政之監督は「学生ナンバーワンと言っても過言ではない」と太鼓判を押す。彼女の「プロになる」という目標に、着実に近づいていると思われた。しかし、湯浅は最近まで「競技生活は大学までかな」と考えていたという。
 日本ではメジャー競技とはいえないライフル射撃で、大学卒業後も実業団などに入って競技生活を送ることのできる選手は多くはない。湯浅は「本当にプロになれるのか」という不安をぬぐいきれなかったのだ。

 だが、高いパフォーマンスを続ける彼女を、実業団も放ってはおかないだろう。そんな湯浅は現在、プロになることを見据えて、自身の射撃を見つめ直しているという。
「プロに向けて一からのスタートです。基本的な据銃(目標をねらうために銃床を肩につけて構えること)の姿勢から見直していこうと思っています」

 日本人選手に足りない経験値

 日本ナショナルチームに選出されている湯浅は、国際大会での活躍も期待されている。09年8月(高校2年)には、タイ・バンコクで行われたアジア合宿に参加した。アジア各国の有望なジュニア選手約70人が集められた中に、彼女も選ばれたのだ。湯浅は合宿で行われた実戦練習(10点以上は小数点刻みのファイナル形式、弾数10発)で、トップの103.1点をマーク。「国際舞台でも自分の力が通用するんだ」と自信を掴んだ。

 それでも、彼女はジュニア代表やナショナルチームの一員として海外遠征を重ねたことで、海外選手との差も感じている。それは経験値の差だ。日本ではARを撃つことができるのは14歳以上と決められており(火薬を用いるスモールボアライフルは18歳以上)、かつ競技銃を所持するための資格なども取得しなければならない。一方で、海外では無許可で競技銃を所持できる国も少なくなく、ARならば小学校高学年から競技を始められる。
「たとえばジュニアの国際大会に、日本チームは高校生以上の選手が出場するのに対し、諸外国のチームは中学生の選手が出てくるんです。中学の時から国際舞台での試合を経験している選手と、高校生から競技を始めた選手とでは、銃への慣れ、様々なシチュエーションでの臨み方など、経験値が違います」

 そんな海外選手との差を埋めるためには、国際大会で経験を積むしかない。湯浅は昨年10月の東アジア大会で、国際大会で初めて決勝に進出し、5位に入賞した。強豪の韓国、中国の選手たちの間に食い込めたことで、湯浅も「決勝では緊張してミスもありましたが、少しは自信にしてもいい結果」と手応えを口にした。

 今年9月からはリオデジャネイロ五輪の国別出場枠をかけた戦いが始まる。9月の世界選手権を皮切りに、ワールドカップ、アジア選手権で、湯浅を含めた日本人選手が上位に入ることが求められる(各種目の出場枠上限は2)。

 大事な戦いを前に、重圧も日々大きくなっていると思われたが、湯浅は「うーん、実は、そこまで五輪を意識はしていないんです」と苦笑し、続けた。
「もちろん、五輪出場は目標のひとつではあります。でも、ゴールではありません。最終目標は、自分が納得できる“完璧な射撃”をすること。といっても、競技を続ける以上、射撃に“完璧”はないのですが、そこに近づいていきたいと考えています」

 近い将来の目標としては、10メートルAR40発と50メートルライフル3姿勢60発の日本記録更新を狙っているという。10メートルARの湯浅の自己ベストは398点で、日本記録399点。50メートルライフルは、日本記録586点に対して彼女の自己ベストは583点。まさにどちらも“射程圏内”なのだ。だが、日本記録更新も、湯浅にとっては通過点なのだろう。

「射撃はその時、その時によって課題が違います。そういった課題をひとつひとつクリアしながら、経験と技術を積み上げていかなければいけません」
 どれだけ“完璧”に近付けるかをテーマに、彼女はトリガーを引き続ける。

(おわり)

<湯浅菜月(ゆあさ・なつき)>
1993年1月18日、徳島県小松島市出身。小松島高校―日本大学。08年、高校1年時に射撃を始める。種目はライフル射撃。高校3年時に高校選抜、インターハイ、国体(10メートルAR20発)を制覇。11年、日本大学に進学した。個人では11年全日本学生選抜、12年全日本女子学生で10メートルAR、13年全日本女子学生では50メートルライフル3姿勢を制覇。また13年全日本女子学生では団体優勝にも貢献した。2012年度からナショナルチームに選出されている。



(文・写真/鈴木友多)


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