「よし、このボールで打ち取れる」。澤田圭佑は投げた瞬間、そう思った。2ストライクと追い込んで、勝負を決めにいった内角低めのストレート。自らのボールに手応えを感じていた。ところが次の瞬間、弾丸ライナーが目の前を通り過ぎていった。澤田が振り向いた時には、打球はライトスタンドへと吸い込まれていくところだった。
「すごい……」
 大学野球のレベルの高さを痛感した一発だった。
<甲子園は重圧が違う。1球間違えたら終わる。その中で3年やってきた。それに比べたらペース配分して投球できる六大学は楽しい。緊張も、苦もない>
 昨年4月30日付の毎日新聞に掲載された澤田のコメントである。だが、今はそうは思わない。
「昨年、秋のリーグ戦が終わった時、思ったんです。やっぱり大学野球の方が厳しいなって。確かに高校はトーナメントなので、負ければ終わりという緊張感はある。でも、大学は負けても、また同じ相手と2戦、3戦と戦わなければいけない。これって、結構精神的にタフじゃないとやっていけないな、と思ったんです」

 大学野球の厳しさを痛感したのは、昨秋の明治戦3回戦だった。初めて開幕戦で先発を務めた澤田は、既にチームの支柱的存在となっていた。慶應大学戦、法政大学戦に続いて3週連続での登板。しかも、1回戦を先発、2回戦をリリーフ、3回戦は再び先発と、フル回転だった。
「コンディショニングしたところで、変わらないというくらい疲れていた」という澤田。体力的にはピークを超えている状態だった。それでもピッチング自体はそれほど悪いとは感じていなかった。

 1勝1敗で迎えた3回戦、初回に立教大学が先取点を挙げ、リードを奪った。そして4回裏、ランナーをひとり置いて迎えた打者は、当時2年の菅野剛士。現在はクリーンナップを担う好打者だ。2ストライクに追い込んで、勝負にいった球は内角低めのストレート。ほんの少し中には入ったものの、低めに抑えられており、「甘い」というほどのボールではなかった。ところが、菅野はそれを見事にライトスタンドへと運んでしまったのだ。
「いや、もう完璧に打たれましたね。正直言って、見逃したらボールだったかもしれません。それを弾丸ライナーでスタンドまで運んでしまうんですから、すごいなと思いました」
 春夏通して19試合、1515球を投げた澤田。その中で最も印象に残った1球となった。

 プレッシャーを乗り越えての勝利

 昨年は1年生ながら6勝(4敗)を挙げた。先発、中継ぎ、抑えとフル回転し、3日連続で登板ということも珍しくなかった。その中で快心のピッチングは一度もなかったという。「悪くもなかったけど、そんなに良くもなかった」と澤田。しかし、そんな中でも「よくやったかな」と思える試合がある。秋の開幕戦、慶應大1回戦だ。

「開幕はオマエでいく。絶対に勝ってくれ」
 秋季リーグ戦に向けて行われた夏のキャンプ後、1、2試合の練習試合を終えた時点で、澤田は監督から開幕投手を告げられた。翌日には、全体ミーティングで「秋の初戦は、澤田でいくから」と発表された。

 澤田にとって、それは予想外のことではなかった。既に春季リーグでチーム最多の9試合を投げ、終盤からは先発も担っていたからだ。
「春が終わった時点で、秋は(同じ相手との3連戦のうち)1戦目に投げなければいけないだろうなと思っていました」
 どのチームも1戦目にはエースをマウンドに上げる。つまり、その頃から澤田はエースとしての自覚を持ち始めていたのだ。だが、開幕までの1週間はプレッシャーのあまり、調子を上げられなかったという。

「春は3位だったので、チーム内でも『秋は絶対に優勝しよう』という空気がありました。その中で監督から『絶対に勝ってくれ』と言われたので、正直不安な部分はありましたね。自分でも『初戦をとらないと、波に乗れない』と思っていたので、余計にプレッシャーがありました」

 それでも、いざ試合になってマウンドに上がれば、冷静に自分のピッチングができるのが澤田である。6回を投げて9安打を打たれはしたが、要所を締めて1失点。計画通り、7回からは抑えの小林昌樹が投げ、1安打無失点。打線は13安打を放ち、9−1で立教大が快勝した。

「初めて初戦で先発をした試合で不安もあった中、落ち着いてマウンドに上がれましたし、自分としてはまずまずのボールを投げて、しっかりと試合をつくることができたんじゃないかなと。それほど高い壁ではないですけど、それでもプレッシャーの中で落ち着いて自分のピッチングができたというのは良かったなと思いますね」
 エースとしての第一歩を踏み出した瞬間だった――。

(第3回につづく)

澤田圭佑(さわだ・けいすけ)
1994年4月27日、愛媛県生まれ。就学前から野球を始め、リトルリーグ、シニアリーグでは1つ上の兄とバッテリーを組んで全国大会に出場した。大阪桐蔭高校時代は1年秋からベンチ入りし、2年秋からは主にリリーフとして活躍。3年時には藤浪晋太郎(阪神)らとともに甲子園春夏連覇を達成した。自身も春は準々決勝の浦和学院戦で甲子園初先発初勝利を挙げ、夏は3回戦の濟々黌(熊本)戦で2失点完投勝利を収めた。昨年、立教大学に進学。春からリーグ戦に登板し、チーム最多の19試合で6勝4敗、防御率1.73の好成績を挙げた。今年はエースとして、99年秋以来のリーグ優勝を目指す。右投右打、178センチ、88キロ。

(文・写真/斎藤寿子)




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