FIFAワールドカップブラジル大会はドイツの優勝で幕を閉じた。
 得点王に輝いたのは6ゴールを決めたハメス・ロドリゲス(コロンビア)。彼が着用していたスパイクが今大会向けにadidasが開発した「バトルコレクション」の「adizero(アディゼロ) f50」。ロドリゲスのみならず、得点ランキング2位(5点)のトーマス・ミュラー(ドイツ)、3位タイ(4点)のリオネル・メッシ(アルゼンチン)、ロビン・ファン・ペルシー(オランダ)と上位5名中4選手が、このadizero f50(メッシは限定モデル)を履いていた。大会期間中の全171得点をみてもadizero f50着用選手のゴール数が最多を占め、片足150グラム(FGモデル、27.0センチ)まで軽量化を図ったスパイクがゴールラッシュに寄与したことが結果で表れた格好だ。

(写真:ワールドカップを終え、装いを新たに登場する14代目の「predador instinct」 製品写真提供:adidas)
 ゴールを“略奪”するラバー素材
 
 ワールドカップの歴史は、そのままスパイクの歴史と言っても過言ではない。今回のブラジル大会は1試合平均2.67ゴールが生まれたが、今から遡ること24年前、1990年のイタリア大会での1試合平均は2.21点(52試合で115点)。1試合あたりの得点は史上最低で、1−0や1−1のロースコアゲームが目立った。

「もっとゴールが生まれるスパイクを」
 FIFAからオフィシャルサプライヤーのadidasに対して、要請がきたのは大会後間もなくのことだった。どうすればゴールを文字どおりアシストするスパイクがつくれるのか。4年間の試行錯誤の末、94年の米国大会向けに産声をあげたのが「predator(プレデター)」(左写真)だった。

 predator、すなわち略奪者と名づけられたスパイクは、まさにゴールを“略奪”すべく、従来とは一線を画す機能を備えた。表面にフィン形状のラバーをとりつけ、その反発力を利用してボールにパワーと回転を与える構造を実現したのだ。「当時の常識ではスパイクの表面は皮1枚が基本で、突起物などをつけることは考えられませんでした。その意味ではかなり画期的なスパイクだったのではないでしょうか」とadidas Japanの山口智久(Footballビジネスユニット カテゴリーマーケティングマネージャー)は語る。当初、これまでにないスパイクに契約選手たちの中には着用をためらう者もいたという。だが、年々、adidasは選手とコミュニケーションをとりながら改良を重ね、ゴールを生みだす強力なアイテムとして受け入れられるようになった。

 そのことを世界に示したのが、98年のワールドカップフランス大会である。この大会へ向けて開発された「predador Accelerator(アクセレレーター)」はジネディーヌ・ジダン(フランス)、アレッサンドロ・デル・ピエロ(イタリア)、パトリック・クライファート(オランダ)、ラウル・ゴンサレス(スペイン)など強豪チームの名だたるトップ選手の足を飾った。ワールドカップ初出場を果たした日本代表では名波浩が履いていた。このpredador Acceleratorでは初めて靴ひもの位置が真ん中ではなく、左右非対称の位置に設けられた。(左写真)
「これにより、インサイド部分の面積が大きくなり、ボールをミートしやすいかたちになりました。ラバーも回転をかける部分、強く蹴る部分と、それぞれ異なる形状が搭載されています」(山口) 

 また、ひとつ前のモデルである96年のUEFA欧州選手権に合わせて製作された「predador Touch(タッチ)」より、スタッドには「adidas TRAXION」と呼ばれる刃型の形状が用いられるようになった。これはピッチ環境の変化に対応したものだ。
「ピッチ整備の技術も良くなって、90年代中盤にはフカフカの芝がトレンドになっていました。そのため、しっかりピッチに刺さり、グリップ力を向上することが求められていたんです」

 山口が説明するように、スパイクは、その時々のサッカー界の潮流が投影されたものになる。この頃、世界のフットボールは、より攻守が連動し、選手には運動量が求められるスタイルに変わっていた。走行時間や距離が増えると、当然、求められるのは軽量化だ。初代「predator」はラバー状の突起をつけた分、片足の重量は400グラムもあった。これでは足への負担も大きい。そこでバージョンアップ毎に突起の位置や大きさは変化し、2000年に発表された「predator Precision(プレシジョン)」では、細かい線状のギザギザでキックの強度や精度を高めるかたちに改良される(右写真)。表面の凹凸は極めて小さなものになった。

 おもり装着でキック力向上

 そして02年のワールドカップ日韓大会。この年に登場した「predator Mania(マニア)」では、adidas史上初めて3パターンのアウトソールが用意された。グラウンド状況に合わせ、最適なソールのスパイクを履いてもらいたいとの思いが込められた一足だ。デイビッド・ベッカム(イングランド)、ミヒャエル・バラック(ドイツ)、ジダン……。日本では宮本恒靖や三都主アレサンドロも着用した。

「当時のpredatorで特徴的だったのが、赤いベロの部分。predator Maniaではベロをスパイクの裏にゴムを通して固定する構造になっていました(右写真)。そのゴムを通す位置が選手によって違ったんです。ベッカムだとつま先の方だったり、他の選手は土踏まずの部分だったり。僕も当時、大学でサッカーをしていたので位置をマネしましたよ(笑)」
 山口はスパイクを手にしながら懐かしそうに当時の思い出を振り返る。

 predatorの日進月歩はとどまるところを知らない。04年の「predator Pulse(パルス)」では新しく「Power Pulse」テクノロジーが採用された。これは靴底のつま先部分に40〜50グラムのおもりをつけ、振り子の原理で足を振り抜く際の威力を高めようとしたものだ。この技術は新作が出るたびにブラッシュアップされ、06年のワールドカップドイツ大会で使用された「predator Absolute(アブソリュート)」では靴底ではなく、中敷きにおもりが搭載された。おもりをつけると若干だがスパイクが重くなるため、軽さにこだわる選手にはノーマルタイプの中敷きも用意した。

 力強さと軽さ。相反するコンセプトを両立しようとしたのが、07年のモデル「predator Powerswerve(パワースワーブ)」だ。おもりの中身をタングステンの粉末にして軽量化をはかった。粉末のため、走る際には重さをほとんど感じない。しかし、キック時には粉末が足先に集まっておもりとなり、威力をアップさせる。「おもりをつけてキック力を上げる発想はもちろん、中身を金属粉にして軽さも追求するアイデアはadidas独自のものでした」と山口は胸を張る。
(写真:おもりがついたpredator Absoluteの中敷き(左)と、中身が粉末になったpredator Powerswerveの中敷き)

 さらに09年、ワールドカップ南アフリカ大会用につくられた「predator X(エックス)」ではPower Pulseに代わる新技術が導入された。それが「Power Spine(スパイン)」だ。このモデルでは、おもりではなく、靴底に背骨状の素材を埋め込んだ(右写真)ことでスパイクが逆方向に反りかえらなくなる。ボールをミートした際の力がダイレクトに伝わるため、おもりをつける以上に威力を上げることに成功したのだ。

 もうひとつ、predator Xでは同シリーズの特徴でもあった赤いベロがアッパーと一体化している。
「2000年代に入り、年々、選手はハードワークが求められるようになり、“余計なものは極力なくして少しでも軽くしたい”との声が上がっていました。そのニーズに応え、以降のモデルはさらに変更が加わり、折り返しのないベロになっています」(山口)

 強いキックから、あらゆるプレーに対応

 predatorの歴史で、もっとも劇的な変化を遂げたのが11年の「adipower(アディパワー) predator」(左写真)だ。黒、白、赤を基調としたデザインを一新。鮮やかな配色のスパイクが増えてきた流行をとらえ、青と黄が目に飛び込んでくるカラーリングとなった。もちろん機能面にも大きな進歩がある。ラバーの凹凸が従来の線状のみならず、サークル状のものもミックスされたのだ。

「主にボールに回転をかける部分はスモールサークル状、しっかりパワーを与える部分は大きな線状になっています。細かい形状を組み合わせたことで、よりボールをコントロールしやすく、かつ力強いキックを放てる構造になりました」と山口は話す。ラバーの製作技術はもとより、ボールに対する吸着力や反発力、どんな環境でも変わらない耐久性といったラバー品質の向上も、スパイクの機能アップにつながっており、また、predator史上初めて日本人の足型を搭載したモデルでもある。「predatorが日本人向けの仕様になるというのは、スパイクの歴史上においてものすごいこと」と山口は語る。

 ラバーだけでなく、皮の材質の進化もスパイクには大きな変化を与える。12年の「predator lethal zones(リーサルゾーン)」(右写真)では、それまでの天然のカンガルー皮や牛皮に代わり、人工皮革が用いられた。「人工皮革は変形しにくい利点がある上、足へのフィット感や軟らかさも天然と変わらないレベルになってきたのが大きい」と山口は変更の理由を明かす。

 選手へのモニタリングや、機械を使った実験と検証を通じて、ラバー部分もさらに改善された。単に強いキックを放つだけでなく、ボールを止める、ドリブルをするといったあらゆるボールプレーで最大限のパフォーマンスを引き出せる構造を考案。「コントロール&パス」「ドライブ」「スウィートスポット」「ファーストタッチ」「ドリブル」とプレーによってアッパー部分を5つのゾーンに分類し、それぞれラバーの形状や素材を変え、スポンジを内蔵するなどの工夫を凝らした。

 そして2014年――。predator誕生から20年の節目に現れた14代目のモデルが「predador instinct(インスティンクト)」だ。今回のワールドカップに合わせて開発された同モデルは、前回紹介したように、5つのゾーンに分けた各エリアの機能性を高めただけでなく、足先のアウトソール部分には樹脂コーティングを施した。これにより、足裏でボールをコントロールする際のグリップ力が格段に良くなった。

 ワールドカップで各チームの選手が使用したバトルコレクションは、「白か黒か」をつける大会にふさわしく、白黒のグラフィックを基調とした配色だった。7月17日から発売されるモデルでは、このデザインを踏襲しつつ、predatorの伝統である黒、白、赤のカラーを復活させた。

「ワールドカップを踏まえ、歴史を受け継いで、新たな時代に突入するとの思いが込められています」
 山口は新作predatorの狙いをそう語る。バトルコレクションと基本的な機能は変わっていないが、ヒールの履き口部分はザラザラとした感触になり、激しい動きをしても足がスパイクの中でずれないように配慮がなされた。
(写真:20年の進化を物語る14代すべてのモデルを前に)

“史上最恐”とのキャッチフレーズがつけられた同モデルは、ワールドカップで活躍したメスト・エジル(ドイツ)、ディ・マリア(アルゼンチン)らが着用する。また日本では権田修一、南野拓実、岩波拓也ら次世代を担う選手たちも、これを携えて4年後のロシア大会へ始動する。
 
 20年で文字どおり長足の進歩を遂げたpredatorは、この先、どこまでバージョンアップするのか。
「20年のなかで、これだけの進化があったのですから、我々でも見当がつきません」
 山口はそう前置きした上で、次のような予想を披露した。
「軽量化は一層、進むでしょうね。predatorの変わらぬコンセプトとしてラバーを設置してボールに伝えるパワーやコントロール性を高めてきましたが、そこからの進化、革新性について今後も試行錯誤することになるでしょう」

 今やスパイクは足を覆い、保護するためだけに履くものではない。選手のパフォーマンスを100%発揮させるために不可欠な武器である。サッカースタイルの変化に伴い、スパイクも変わる。逆にスパイクが変われば、サッカーも変化する。
「最高の素材、最高のテクノロジーで選手たちに満足を越えた感動を与えたい」
 記録にも記憶にも残るゴールを支えるadidasの飽くなき挑戦にゴールはない。

>>predador instinctを含むスパイク新モデル「サバイバルコレクション」の詳細はこちら[/color][/b]
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