劇画『巨人の星』の主人公・星飛雄馬は左腕を故障し、一度は球界を去るが、数年後、右投手として復活を果たす。続編の『新・巨人の星』では父・一徹が「野球に有利」という理由で物心つく前にサウスポーに変えたが、元々は右利きという設定だった。
 キャンプ地の沖縄で“韓国版飛雄馬”が現れた。18日、宜野湾球場で行われた横浜DeNA2軍対韓国・ハンファ戦。チェ・ウソクという右投手が左打者の下園辰哉に対し、いきなりサウスポーに変身したのだ。
 このシーンを目の当たりにして誰よりも驚いたのが、今季からハンファの投手コーチに就任した西本聖である。
「長いこと野球をやっているけど、こんなの初めて見ましたよ」と前置きし、目を丸くして続けた。「キム・ソングン監督が通訳を通して、僕に“左投手に代える”と言ってきたんです。といってもブルペンには右しかいない。だから“無理です”と返したら、いきなりヘッドコーチが左用のグラブを持ってマウンドに上がった。ヘッドはチェが左でも投げられることを知っていたんでしょうね」

 さて結果はどうだったか。制球が定まらずボールが3つ先行したが、どうにか二塁ゴロに切り抜けた。西本が後で監督に確認すると、チェは元々左利き。中学時代に肩を壊して右投手に転向したというのだ。「だからなのか、まぁサマになっていましたよ。ただ、これからは左右両用のグラブを使わないといけないでしょうね」

 そこで調べてみると、近年のメジャーリーグにも、ひとりだけ“スイッチピッチャー”がいたことが確認された。1995年9月28日、エクスポズのグレッグ・ハリスがレッズ戦で、両腕での投球を披露している。わずか1イニングだけの登板だったが2人の右打者に対しては右で、2人の左打者に対して左で投げたという記録を残している。この試合でハリスが使用した“6本指のグラブ”は、めでたく殿堂入りを果たしている。

 日本では南海時代の近田豊年がスイッチピッチャーとして一時期、話題を集めたが、公式戦での登板は1イニングのみ。右では1球も投げていない。

 米マイナーリーグではスイッチピッチャー対スイッチヒッターという珍しい対決も報告されている。こうなると、どちらが有利かわからない。

<この原稿は15年2月25日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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