“オレ流”を就任から間もない期間で出そうとしている。そんな印象を受けました。日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ新監督のことです。
 初采配となった27日のチュニジア戦ではMF長谷部誠、DF吉田麻也といった芯の部分を残しつつ、代表初出場のMF藤春廣輝やFW川又堅碁らフレッシュな選手をスタメンで使いました。久々に代表に戻ってきたFW永井謙佑を起用するなど、前へのスピードを重視するスタイルがうかがえました。
 本田、香川の適応にみる指揮官の能力

 短期間のトレーニングで、まだまだ組織だった動きには程遠かったものの、「スペースをコンパクトにする」「全員攻撃、全員守備」という新監督の意図は伝わってきました。注目したのは、後半に途中出場したFW本田圭佑やMF香川真司といった主力選手が、このコンセプトにスッと適応してゲームに入っていた点です。

 もちろん、彼らのようなトップクラスなら、どんなやり方にも対応できるセンスを持ち得ています。しかし、主力選手はこれまでの実績や経験でプレーしがちなのも事実です。ところが、チュニジア戦では本田も香川もチームのために献身的に動き、他の選手のお手本になるようなパフォーマンスをみせてくれました。おそらく、ハリルホジッチ監督は選手とコミュニケーションを綿密にとり、自らの考えを理解してもらおうとしているのでしょう。そのことが垣間見える2人のプレーぶりでした。

 新しいチームを率いるにあたり、最初は誰しも結果が欲しいもの。前任者の流れを守りながら、徐々に色を出していくのが無難な方法でしょう。しかし、ハリルホジッチ監督は、あえて従来の主力をスタメンから外し、試合に臨みました。最終的に得点を奪って勝ったのは本田、香川、FW岡崎慎司の力とはいえ、肝が据わった指揮官との印象をチーム内にも観る者にも与えたはずです。かつ、白星という結果を得られたのですから、監督を選定した日本サッカー協会もホッと一安心していることでしょう。

「スターでもチームのために仕事をしてもらわないといけない」
 ハリルホジッチ監督はそう言っていました。全員で攻め、守り、連動して動くというサッカーは、振り返ってみればジーコが鹿島の前身である住友金属にやってきた頃から、我々に徹底していたものです。コンパクトに戦い、相手にスペースを与えず、こちらのスペースをつくる。これは僕が代表に選ばれた時のハンス・オフト監督も同じ考え方でした。いわば現在の日本サッカーの原点とも言えるスタイルでしょう。

 昨年のブラジルW杯や1月のアジアカップの敗戦で、中心選手頼みのサッカーでは国際大会で勝てないことを思い知らされました。昔に比べれば、確かに個の力はアップしているものの、それだけで世界に勝てるレベルにはないのです。会見などでの発言をみていても、ハリルホジッチ監督は日本サッカーの現状を短時間でよく把握しているように感じます。

 やはり、チームとしての攻守の切り替え、球際の強さといった組織戦術を見つめ直し、もっとブラッシュアップしなくてはならない。それが日本人の特性に最も合致している――ハリルホジッチ監督は、そう考えているのではないでしょうか。6月のW杯予選までは、あまり時間がありませんが、これから彼がどんなチームづくりをするか楽しみです。

 バリエーション広がるCB槙野

 チュニジア戦ではセンターバック(CB)が吉田と槙野智章の組み合わせでした。槙野は以前指摘したCBの強化を考える上でも、オプションとしておもしろいと思っています。槙野は高さがあり、運動量も多い選手です。ブラジルW杯やアジアカップでの吉田−森重真人コンビとは違うバリエーションが出てくるのではないでしょうか。

 ただ、槙野も吉田もプレースタイルはファイタータイプ。前のめりになることが多いだけに、どちらかがコントロール役、フォロー役を引き受ける必要があるでしょう。チュニジア戦でもピンチは少なかったものの、ヒヤリとする場面が見受けられました。何と言ってもCBは、ボランチ、サイドバック、ゴールキーパーと守りの連係で要になるポジション。森重や昌子源も含めて、どのようにコンビネーションを構築するか、新監督の手腕が試される部分になります。

 31日のウズベキスタン戦では、また出場メンバーが大幅に変更されると聞いています。初戦は途中交代で出てきた主力の活躍で勝っただけに、今度は新しく入ったメンバー、代表経験の浅い選手からキラリと光る存在が出てきてほしいものです。

 監督のプランに沿いながら、自分の持ち味を出すのは決して簡単なことではありません。最初からオレが、オレが、では組織が成り立ちませんから、うまくバランスを考えることも求められます。その中でいかに自らを“商品”として売り込むか。僕もオフト監督の下、代表候補合宿に呼ばれた際の紅白戦では、守りだけでなく、オーバーラップを仕掛けて攻撃参加できるところをアピールしました。代表に選ばれたからには、どこかしら監督の目に留まった部分があるはずです。それが何かを踏まえた上で、自らの色を出す。ウズベキスタン戦はそんな新戦力がひとりでもふたりでも出てくることを望んでいます。

 指揮官の途中交代は付け焼刃でうまくいかないことが多いものの、今回のハリルホジッチ監督のチャレンジは、観る者をワクワクさせてくれます。ウズベキスタン戦も6月のW杯予選へ、いいかたちでつながる一戦になってほしいですね。


●大野俊三(おおの・しゅんぞう)<PROFILE>
 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザ(http://kashima-hsp.com/)の総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。


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