世界最大のサイクルロードレース「ツール・ド・フランス」が今年も始まった。3週間にわたってフランス国内を中心に3000km以上を走る自転車レース。自転車に興味がない人でさえ、このレース知っているほど有名で、動く人もお金も他のレースとは比べ物にならない。今月4日から開幕したツールの1週目で、なにやら波乱が……。

(写真:雨に濡れたスリッピーな路面もアクシデントを誘発した (c)Yuzuru Sunada)

 

 始まりは2日目の第2ステージだった。コースとしては山があったわけでなく、海側を走るので風が心配された程度のステージ。しかし途中から激しい風と雨に見舞われる。その前後から落車が頻繁に起こり、あちこちで選手が投げ出されるシーンが続出した。だが、始まって2日目の混乱は、ほんの序奏に過ぎなかった。

 翌日の第3ステージで、14年間中継担当をしている僕でさえ見たことのない激しい大落車が起きる。ハイスピードで起きた集団落車に選手たちが枯葉のように地面を滑ってぶつかり合っていく。同時期に2カ所で起きた大落車に巻き込まれた選手は50名以上にのぼったという。一度に多くのけが人が出たため、ドクターカーがすべて足止めされ、救急対応が間に合わないからと、レースを中断するという事態にまでいたった。その時点で4人の選手がリタイア。さらに落車した選手の中にはリーダージャージを着用していたファビアン・カンチェラーラ(スイス)も含まれており、その後に彼は脊椎骨折が判明し、レースを去った。

 リーダーの落車、リタイアというニュースは衝撃だったが、不幸は続く。第6ステージではゴール前でリーダージャージのトニー・マルティン(ドイツ)が落車。なんとかゴールはするも左鎖骨骨折でレースを去る。この日の終了時点で総合トップに立っていたマルティン。彼のリーダーの表彰を片手で受けながら去っていく姿には多くの涙を誘った。ちなみに、この落車には有力選手が沢山含まれており、その後のレースが成立しなくなるのではと心配になるほど。結局、最初の休息日に入るまでの9日間で13名がレースを去っていった。サイクルロードレースに落車はつきものであり、それ自体は驚かない。しかし、これだけ落車が多発し、有力選手が続々とリタイアする1週目に、選手もチームもそしてファンでさえヒヤヒヤする思いをしていた。

 頻発する落車の原因

 これだけ頻繁におこる原因は何なのか。一番はツールというレースの重さからくるものだ。つまり選手もチームも人生をかけて臨む大一番。かかっているものが大きいので、その気合が半端ではなく、いつも以上に無理をしてしまう心理状態になる。特に前半はどの選手も疲労が少ないので、必要以上に動けてしまう。さらに落車を避けるために集団の前方を位置取ろうと、無理やり前に上がろうとするがゆえの接触も起きている。それでも選手たちに無線で飛び交う監督の指示は「前を位置取れ、エースを前に上げろ!」。もともと狭いところに無理やり皆が前に上がろうとすれば落車が起きるのは当たり前だろう。

 また、近年はコース設定もそれを助長しているように思う。10年ほど前までは、1週目はスプリント中心のステージで、山場などは2週目からというようなパターンが多かった。1週目から総合優勝争いが決まってしまうような展開を避ける目的もあったのだろう。それが山とタイムトライアルさえきちっとこなせば優勝できるというパターンを作ってしまい、選手たちに対応されるようになった。主催者は、そんなパターンにはまってしまうことを避けようと、1週目からスペクタクルなコース設定を行うように。石畳や劇坂など、春先の1デイレースで使われているようなセクションを組み入れたのである。通常こういった難しいセクションは、差が生まれやすいので、集団の後方に位置取ると致命的な差に広がることがある。なので、どのチームも前方に位置しようとする。当然のことながら皆が前に出ようとすると接触が頻発するリスクは高まる。選手やチームの心理状態にコース設定が助長し、落車を増やしているのではないだろうか。
(写真:勝負をかけるゴールスプリントは最大の見どころ (c)Yuzuru Sunada)

 モータースポーツでクラッシュシーンが注目されるように、落車もサイクルロードレースの一部だという考え方もある。もちろん、勝つ選手というのはそれを避けるべき方法や策を練り、遂行しているからこそ勝利する。それは当たり前のことであるし、できなかった選手は仕方がないと言ってしまえばそれまでだ。しかし、我々が本来期待している一流選手の力のぶつかり合いを、アクシデントで見られなくなってしまうのは寂しい。そして、この大一番に向けて周到に準備してきた選手たちが、戦い半ばで去っていく姿を見るのはあまりに切ない。できればどの選手にも最後まで力を尽くして走って欲しいと思う。

 おそらく2週目以降に入り、レースは少しずつ落ち着きを取り戻していくのだろう。きっとこんな話題も過去のように語られることになってしまうのかもしれない。だが、何かを変えていかなければ、来年以降も同じことが起こってしまう可能性がある。それでは、選手もファンもあまりに悲しい。レースを盛り上げていくためにも、ぜひ対策を講じる必要があるだろう。簡単な方法はないのかもしれないが、僕たちはレースで力のぶつかり合いが見たいのだから。
 そんなことを思いながら、今夜もTVに向かう……。

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白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。13年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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