先日、ブラジルW杯最終予選でヨルダンを訪ねた。
 これまでも西アジアの国々を多く訪れてきたが、ヨルダンは初めて。死海、ぺトラ遺跡などでも知られるが、これと言って特別なイメージを持ち合わせてはいなかった。

 ヨルダンはイスラエル、シリア、イラクなどと国境を接する。日本代表が事前合宿を行っていたカタール・ドーハから飛行機で3時間。「ドーハより気温が低くて、ちょっと肌寒い」と報告を受けていただけに、少し着込んでから飛行機に乗った。

 首都・アンマンの空港は新しくなったばかりで、近代的な造りだった。清掃なども行き届いていて、人でガヤガヤとしていない。どこか落ち着いた雰囲気があって、何だかホッとさせられた。

 今回の取材では私を含めて3人で行動した。到着してまずタクシーを探したが、おそろいの襟つきの青いシャツを着込んだエアポートタクシーのドライバーたちの姿がすぐに視界に入った。見知らぬ国に行くとタクシーを選ぶ目も大事になってくるのだが、きちんとした身なりを見て「これなら大丈夫そうだ」と直感した。

 いざ出発といきたいところだったが、私たちはホテルがどの辺りなのか見当もつかなかった(もちろん住所は把握しているが)。住所を見せても「分からないな」とばかりに首を振るドライバーさんは仲間の「青い軍団」に聞きまくり、最後はホテルに電話してくれた。ここまでやってくれるドライバーさんはなかなかない。

 ヨルダンの通貨はヨルダン・ディナール(JOD)。1JODは130円前後で、空港からアンマン市内までは30~40分ほどかかり、チップを含めて20JODほど。料金は高めの設定ではあるものの、事前に交渉もできるし、荷物の運搬などもやってくれる。

 他の西アジア諸国ではやたら話しかけてきたり、携帯電話でしゃべりまくるドライバーが多いなか、ヨルダンは違った。あまり話しかけてもこないし、携帯電話もかかってきたらすぐに「乗車中だ」のような感じで切ってしまう。それに親切。このドライバーさんだけかと思ったが、ヨルダン滞在中に何度もタクシーを利用したところ、大体がこんな感じだった。渋滞は激しいが、運転がドーハや西アジアの国々よりソフトなことにも好感が持てた。

 ホテルの従業員もまた親切だった。対応が実に丁寧で、ストレスはほとんど感じなかった。試合当日にはキング・アブドゥラ・スタジアムまで、ホテルの所有車での送迎をお願いした。かなりアウェーの雰囲気になることが予想され、身の危険があるかもしれない。それに取材が終わってから路上でタクシーを捕まえることが困難だと思ったからだ。

 私たちは3人で移動したのだが、20代半ば、イケメンのドライバーさんが何とも頼もしかった。スタジアムに着いて警備員が「ここは入れないよ」とそっけない対応をすると「この人たちは日本からやって来たメディアの人だ。きちんと対応してほしい」などと警備員を説得して、我々の入り口を丁寧に説明させた。

 そうやってスタジアムの中に入ってからも日本人を数奇の目で見るヨルダンサポーターが近づいてくると、そのドライバーさんが「あっちに行ってくれ」とばかりに追いはらうボディーガード役を務めてくれたのだ。さらに警備の人と交渉しながら、記者席まで案内してくれるという親切ぶりだった。

 だが、ちょっと疑問がわいた。
 
 プレスパスを持っている我々は記者席まで辿り着けて当然なのだが、どうしてドライバーさんまで入れたのか。よくよく聞いてみると、そのドライバーさんはヨルダンの正GKの家族だったらしい。試合のチケットを持っていたし、だからいろんなところで交渉も簡単だったというわけだ。いろんな人と親しく話していたので、「一体、何者?」と思ってはいたのだが……。

 帰りもそのドライバーさんに迎えにきてもらって助かった。試合後、ヨルダンの子供たちに囲まれ「ヨルダンの国旗を買え!」などと迫られていた。断っても断っても、次々にまとわりついてくる。いくら子供とはいえ、暗闇のなかでは身の危険を感じるほどしつこかった。あちこちに騒いでいるヨルダンサポーターもいっぱいいた。そんなときにあのドライバーさんが車を飛ばして待ち合わせ場所に颯爽とやってきた。

 ホテルまでの帰路で「ちょっと1分間待ってほしい」というので車を止めてトイレかと思ったが、なんと我々のお腹が空いていると思ってチュロスのようなお菓子を買って持ってきてくれた。「どうだい?」と聞いてくると、車中は「グッド!」で連発。ドドッと笑いが起こった。甘い味が胃に染み渡るほど、本当に美味しかった。

 試合は日本がヨルダンに1-2で敗れ、アウェーの洗礼も受けた。

「君が代」はブーイングにかき消されてしまい、スタジアム全体が殺気立っていた。緑のレーザー光線が遠藤保仁(G大阪)らに当てられるなど、ヨルダンサポーターの観戦マナーは最低だったと言わざるを得ない。スタジアムの設備面ではトイレは汚くて、使用するのをためらうほど。日本代表もシャワーを浴びずに、ホテルに戻るしかなかった。

 このように試合だけピックアップするとヨルダンの環境がひどいようにも思われる。しかし、親切な人が多かったことは強調しておきたいし、趣のある町だった。羊、らくだがあちこちで放牧されていて、それを見るだけでも楽しかった。最終予選取材の旅は、このような楽しみもある。人の温もりを感じた、ヨルダンの旅だった。

(このコーナーは第1、第3木曜日に更新します)
◎バックナンバーはこちらから