つい先日(7月4日、5日)、WWEが東京・両国国技館で日本公演を行なった。僕は、我が家の恒例行事のごとく、子供たちを連れて、ヨシ・タツ選手の応援に会場へと足を運んだ。

 彼は、ウェイド・バレットという格上の選手から大金星を奪い取り、ファンから大きな歓声を浴びていた。
「おめでとう! 大人気だったじゃん」
 控え室を訪れた僕は大興奮で彼を祝福した。

 WWEのPPV放送に出ているトップ選手と戦い、しかも勝利したのだから、飛び上がって喜ぶのが当然だろう。
「あのバレットを蹴りで攻め込んだシーンなんか痛快だったよな」
 僕が、我が事のようにうれしかったのには訳がある。

 彼が新日本プロレスでまだヤングライオンと呼ばれていた若手時代の話だ。
「垣原さん、実は……田村さんに会えるのが、ものすごく楽しみなんです」
 興奮を抑えられない山本尚史選手、つまり今のヨシ・タツ選手の姿があった。

 その時の彼は、『U-STYLE』というUWFルールを採用した団体のリングに僕が上がるため、大阪まで同行してきた。団体の中心選手は、あの田村潔司選手である。

 僕には付き人など必要なかったのだが、新日本プロレスの決まりとして、他団体の試合に出る時は若手がひとり付くようになっていたのである。
「もう、朝からテンションが上がっています」
 彼は、子供のように目をキラキラと輝かせながら熱心にUWFについて熱く語り始めた。

 何でも田村選手の回転体と呼ばれるクルクルと体勢を変えて行なう関節技の妙技に憧れていたらしい。そんな存在と初めて会えるとあって、彼は普段見せない表情を僕に見せていたのだった。

「Uに憧れていたので、大学生の頃にヤマケンさん(山本喧一)主催の総合格闘技の大会にも出たことがあるんですよ」
 これには、正直驚いた。新日道場での合同練習の時に行なう関節技のスパーリングで、何度か彼と相手をしたが、特別強さを感じなかったからだ。

 国士舘大のレスリング部に在籍していたと聞いていたが、タックルや投げ技が得意には見えなかった。それだけにガチンコの総合格闘技の試合に出場したことが、信じられなかったのである。

「それで結果はどうだったの?」
 僕の問いかけに頭を掻いている彼の姿を見て、これは愚問だったと少し後悔した。

 こんなやり取りをするようになってから、彼は試合でUWFばりのレガースを付け、キックを多用するようになった。お世辞にもうまいとは言えない蹴りだったが、これが後にWWEのデビュー戦での決め技になるのだから、本当にわからないものだ。

「大学の時に正道会館にも通っていた時期があります」とも語っており、彼の打撃のベースは、空手にあったようだ。押し込むような重い蹴りは、プロレス向きではないが、基礎を学んだのは大いに役に立っていると思う。

 ただ、理想はUWFの先輩である山崎一夫さんのような引く動作が素早い蹴りだろう。僕自身もわかってはいるものの、それができなかった部類なので偉そうなことは言えない。彼には是非とも見栄えの良い蹴りを完成させてもらいたいものだ。

 WWEは、日本だけでなく、世界中で放送されている。アメリカはもちろんのこと、ヨーロッパやイスラエル、インドネシアでも映像が流れているのを実際に僕も見たことがある。世界中で見られているのだから、人生こんなチャンスはない。

 僕は、ある意味UWFにこだわるあまり、世界を舞台にしているWWEを視野に入れたことがなかった。引退してから魅力に気づいたのだから、後悔先に立たずである。

「プロレスラーなら、あそこを目指さないとダメだよね」
 僕は自らへの反省の意味も込めて、最近ではこのようなことをよく口にする。

 決して、日本のプロレスがダメという意味ではない。より多くの人に見てもらえる世界の舞台に立つのが、表現者としてのごく自然な流れだと思うからだ。

 世界中のプロレスファンが注目する団体は、WWEの他にはない。WWEのビッグマッチである年に1度の祭典『レッスルマニア』が、それを証明している。そんな団体で、4年もの間クビを切られないで奮闘しているヨシ・タツ選手を心から尊敬する。

「垣原さん、日本での人気はホームタウンだからまだわかりますが、僕、南アフリカでメチャメチャ人気があるのですよ」
 なんでも“1軍”番組とも言える「ロー」や「スマックダウン」よりも、新人が多く出る「NXT」の方が視聴率が高いという。このような逆転現象のため、WWEトップ選手よりもヨシ・タツ選手の人気が異常に凄かったらしいのだ。

「さすが、世界のヨシ・タツだね」
 一緒にWWEのスーパースターを羨望の眼差しで見ていた僕の息子に、彼はアドバイスを投げかけてくれた。
「絶対に英語だけは勉強した方がいいよ」
 
 いつも彼は、僕にくれるメールでもそのことを強調している。どんな仕事であれ、コミュニケーションスキルが一番大切だが、プロレスだって例外ではない。見栄えの良いキックを身につけることよりも、自らをセールスする言葉を持つことが世界で戦っていく上でもっとも大切なのかもしれない。

「クワレスを世界へ!」
 その第一歩として僕も息子とともに英会話から勉強しよう。

(毎月10、25日に更新します)
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