12月16日、リングスで活躍した『ロシアの狼』ヴォルク・ハン選手が、引退試合を行なった。 選挙の投票日と重なり、慌しい1日であったが、僕は会場となる横浜文化体育館へ向かい、この試合を生観戦したのだった。

「なんか、涙が出てきた……」
 感極まるほどヴォルク・ハン選手に思い入れがあったというわけではない。しかし、この日のカードを見て、UWFの解散を思い出したからだ。

『ヴォルク・ハンvs船木誠勝』
 前田日明さん曰く「もし、UWFが続いていたら実現していたかもしれない対決」である。

 僕は、ふとあの解散した時にフラッシュバックしていた。それは、今から22年前の同じ12月だった。

 当時、飛ぶ鳥を落とす勢いのUWFであったが、金銭問題が原因で選手とフロントが対立し、団体としてやっていけなくなってしまったのだ。
「フロントが変わっても選手が一枚岩でいれば、またUWFができる」
 どの選手もそう思っていたが、年を明けて、すぐに事件は起こった。

 なんとまさかの「解散」となってしまったのだ。前田選手の自宅に全選手が集まり、新しい団体へ向けての話し合いをしている最中に話がこじれてしまったのである。
「こんなことぐらいで解散か……」

 ちょっとしたボタンの掛け違い程度と思われたが、意外にも根が深く修復不可能であった。やっとデビューしたばかりの僕には人間不信になりそうなほどショックで、しばらく放心状態となった。

 その後、3つの団体に分かれた後も争いは続いた。時にはUインターとリングス、時にはリングスとパンクラスが裁判に発展しかねないほど争った。
「同じ釜の飯を食った仲間なのに……」
 僕は胸が張り裂けそうなほど苦しくなった。

 高校を辞め、田舎を捨ててまでも目指したUWF。それが、こんな痴話ゲンカばかり繰り返す人間たちの集まりだったのかと思うと情けなかった。

 この日の引退試合は、リングスとアウトサイダーの合同興行ということもあり、会場は多くの観衆で埋め尽くされていたが、客層を見るとそっち系だらけであった。つまり、アウトサイダーの応援とおぼしき怖そうな輩が観客席を占めていたのである。

 しかし、リングスファンが少ないのも仕方がなかった。リングスは、02年に活動を休止し、この3月から10年ぶりに活動を再開したものの、団体としてはまだまだ機能していないからだ。かつてのリングスを知っている者にとっては、アマチュア格闘技であるアウトサイダーのおんぶに抱っこのような現状を見ると淋しい限りだ。

 91年に前田選手ひとりで立ち上げたリングスは、日本人選手がいないということで海外から選手を発掘しなければならなかった。オランダをはじめ、多くの国からたくさんのファイターがリングスのリングへ上がったのだが、その中で異彩を放っていたのが、ロシアのヴォルク・ハン選手だった。

 これまで見たことのない関節技の数々に他団体の僕たちも彼に注目した。技への入り方もバリエーションに富んでいて、とても新鮮だった。実戦的でありながら、観客をも酔わす関節技は、まさに手品のような驚きの連続であったのだ。

 技もさることながら、その佇まいも他のファイターと違っていた。決して強面の顔というわけではないが、その目が独特で怖いのである。「本当の意味での真剣勝負をやっているのは軍人だけ」と前田さんが引退セレモニーで観客に説明していたが、彼の独特のオーラはその道を経験しているからこそのものだろう。

 だが、引退試合でのハン選手からは、その怖さはすっかり影を潜めていた。さすがに51歳ともなると、お腹回りに随分と肉がつき、人の良いオジサンと言った風貌に様変わりしていたのである。それに練習不足も否めなかった。

「ハン~、頑張れ!」
 客席からは同情にも似た声援が飛び交っていた。あの一世を風靡したクロスヒールホールドを仕掛けるも、その切れ味は、かつてと比べればほど遠かった。船木選手も主役に気遣いながら、うまく試合を作っているように映った。

 それでも、この試合にケチをつける者などはいない。対戦相手が、パンクラスを創設した船木選手だったからだ。つまり、この夢のカードが実現しただけでファンはもう大満足なのである。

 かつて、リングスとパンクラスは犬猿の仲だった。リングスを作った前田さんとパンクラスを作った船木選手は、どちらもUWFに在籍していたが、この頃から決して仲は良くなかった。UWFのエースであった前田さんとメキメキと頭角を現してきた若い船木選手は、トップ争いを演じていたから当然なのかもしれない。

 かつて若き日の前田さんも猪木さんに反発し、新日本プロレスから離脱し、UWFを立ち上げた。歴史は繰り返すのである。これはトップにまで上り詰めないとわからない世界なのだろう。

 そうは言っても先輩たちが仲たがいしている姿を見るのは、UWFに夢を持って入ってきた者としては本当に辛かった。あれから随分と時間は経ってしまったが、この日の興行では、満面の笑みをたたえて一緒に並んでいる前田さんと船木選手の姿を見ることができた。『Uの落とし子』と呼ばれた僕にとってもこの光景は感無量であった。

 もちろん、ファンを置き去りにしたことを元UWFのメンバーは反省しなければならない。
「この試合をもっと早く見たかった」
 これは、すべてのファンの声であろう。つまらない大人の事情でファンをがっかりさせないことをUWFの遺訓としなければならない。

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