「ここまで追い込めるのはスゴイ……」
 僕の目の前には、悶絶している八重樫東選手の姿があった。

 日本ボクシング史上初の王座統一戦を前にしたWBA世界ミニマム級王者・八重樫選手への密着取材を決行したのだが、想像を絶する練習が展開されていた。

 彼は、ミット打ちの後に行なっていたサンドバック打ちでさえ一切の妥協を見せない。相手のいるスパーリングやミット打ちと違い、比較的、自分のペースで打てるのがサンドバック打ちだ。

 しかしチャンピオンは一瞬たりとも手を抜くことはないのである。ハードなメニューにインターバル時には、タオルを噛み、うつ伏せの体勢で体をバタつかせ苦しみに耐えていたのだった。

 これが単なる取材向けのパフォーマンスではないのは、「高速」と呼ばれる連打で重いサンドバックが大きく揺れるのを見れば一目瞭然だった。
「すげえ重そうなパンチだ……」
 一番軽い階級であるミニマム級のパンチが、これほどまでとは正直思ってもみなかった。何事もイメージだけで判断してはいけないのだ。

 この日は東京農大のボクシング部の連中が招かれて一緒に練習していたが、八重樫選手とスパーリングを行なった生徒は興奮気味にこう話してくれた。
「チャンピオンは、パンチをまとめるのがとても上手なので勉強になります」

 このスパーリングを見て、気づいたことがある。八重樫選手は練習であっても負けず嫌いな一面をのぞかせる。

「あいつとソックリかも」
 以前も書いたが、僕の頭の中では、彼の姿は総合格闘家の桜庭和志選手と重なるところがある。彼もまた同じ東北人だ。

 負けず嫌いは厳しい冬が長い地域の特性でもあるのだろうか? 僕は八重樫選手の幼少時代の頃が知りたくなり、練習を終わるのを待って、プチインタビューを試みた。彼は相当疲れているはずだが、僕の質問に快く答えてくれた。

「子供の頃の話ですか? かまくらなんか作って遊んでいましたね。中で餅を焼いたりして」

 出身の岩手県北上市は雪が多く、雪かきは小さな頃からやらされていたそうだ。東北には遠く及ばないものの僕が現在住んでいる所も年に数回はかなりの積雪があるため、翌日の雪かきにゲンナリさせられる。足腰がパンパンに張り、腕や背中までも全身が筋肉痛となるからだ。

 普段、バーベルなどで筋肉を鍛えているはずなのに不思議である。ある意味、雪かきほど最高のトレーニングはない。東北の子供たちは、それを遊びながらやり、知らず知らずのうちに強い体を手に入れることができるのかもしれない。

 夏になると自然豊かな環境であるため、カエルやセミ、クワガタなども採って遊んでいたそうだ。そのせいなのかわからないが、八重樫選手は大橋ボクシングジムで2006年から毎年開催させてもらっているミヤマ☆仮面の昆虫イベント「クワレス」に必ず参加し、余興なども手伝ってくれる。

 これも以前に紹介したが、ある時などは、ミヤマ☆仮面と同じマスクを被り、「コクワ仮面」として登場してくれたこともあった。昨年は、プロレスラーのモノマネをするジム生と異種格闘技戦まで繰り広げ、そのサービスぶりに、本当に頭が下がる思いだった。

 普段はとても物静かだが、このように目立つことを進んで行なう一面も桜庭選手とよく似ている。八重樫選手は、3人兄弟の真ん中というのもきっと関係があるだろう。ここぞと言う時にアピールしなければ真ん中は可愛がってもらえないからだ。

 僕も真ん中の子だったから、これはよくわかる。上が兄で下が妹。それはもう目立つことに必死だった。それがパフォーマンス重視のプロレスの道を選んだ遠因ではと思う時がある。

 八重樫選手の場合は男兄弟だったから、食べ物の取り合いはすごかったのではないだろうか?特にお菓子などは、おそらく戦争だったと容易に想像がつく。

 しかし、その話を振ると、意外な答えが返ってきた。
「いえ、家ではほとんどお菓子など食べなかったですね」
 お菓子を買い与えないとは、素晴らしいご両親である。

「きゅうりの浅漬けなんか好きで良く食べてました」
 きゅうりが、おやつ代わりなんて自然児らしくて良い。きゅうりには、身体にこもった熱を取り除く作用があるため、夏場には熱中症予防にもってこいの野菜なのだ。

 他には、どんな物をよく食べていたのだろうか?
「う~ん、山菜とか……あとやっぱり野菜を良く食べていた記憶がありますね」
 山菜や地の物の野菜など旬の食物を摂ることは、最高の贅沢であり、抜群に体に良い。

 子供なのに、ここまで野菜を食べていたのはエライ! 魚もよく食べていたそうだが、話を聞いていると正しい和食だったことがうかがえる。八重樫選手の幼少時代の食事は満点である。

 大人になっての食事ももちろん大切であるが、子供の頃の食生活は一生を決めるほど大事だ。もしも親が料理を作ってくれず、菓子パンばかり食べていたとしたら、絶対に強い体は作れなかっただろう。その点でも彼は、チャンピオンにふさわしい環境にいたといえる。

 いよいよ世界王座統一戦のゴングまであと10日と迫ってきた。6月20日は井岡一翔選手(WBC世界ミニマム級王者)と伝説に残るような名勝負をして、是非とも2本のベルトを満天下に誇示してもらいたい。

 きっと、この一戦は被災地で今も苦しんでいる多くの人たちに元気を与えるであろう。けっぱれ、東(あきら)選手!!

(毎月10、25日に更新します)


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