「選手たちは幸福そうに、(クラブハウスで)子どもみたいに飛び回っているよ。監督として彼らが喜んでいる姿が見たいもの。プレーオフ進出はとても難しいんだ。162試合を戦って、プレーオフに出れるのは10チーム、1/3だけなんだからね……」

 10月1日のレッドソックス戦に勝ってプレーオフ出場を決めた直後、ヤンキースのジョー・ジラルディ監督は感慨深げな表情でそう語った。

 ア・リーグ東地区の優勝こそ逃したものの、この日の勝利でワイルドカード獲得が決定。ピンストライプのユニフォームが、2012年以来、久々にポストシーズンの舞台に戻ってくる。

(写真:10月6日のワイルドカード戦で田中将大はチームを背負ってマウンドに立つことになる Photo By Gemini Keez)

(写真:10月6日のワイルドカード戦で田中将大はチームを背負ってマウンドに立つことになる Photo By Gemini Keez)



「春季キャンプ時点で、先発投手陣に多くのクエスチョンマークがあった。アレックス(・ロドリゲス)が生産的な打者に戻るかも疑われたし、テックス(マーク・テシェイラ)も故障あがりだった。ブルペンにも新しい選手が加わったばかりだった。ここにたどり着くまでに、本当に多くを乗り越えてきたんだ」

 ジラルディが語った通り、今季のヤンキースには不確定要素があまりにも多かった。しかし、そんなチームの中でロドリゲス(33本塁打、86打点)、テシェイラ(31本塁打、OPS.906)が予想以上の働きで起爆剤になった。さらに後半戦ではカルロス・ベルトランがベストヒッターとしてチームをけん引。おかげで今季の総得点ではブルージェイズに次ぐメジャー2位、本塁打数では同3位タイと意外にもハイレベルの数字を残してきた。

 投手陣では田中将大、マイケル・ピネダ、ネイサン・イオバルディ、CCサバシア、イバン・ノバのすべてがDL入りを経験するなど、先発にケガ人が続出。それでもブルペンでジャスティン・ウィルソン、デリン・ベタンセス、アンドリュー・ミラーの“ビッグ3”が安定し、投手陣全般を支えた。

 開幕前は勝率5割到達すら不安視されていたことを思えば、こうして前評判を覆してポストシーズンにたどり着いた時点で今季は成功とみなされてしかるべきなのかもしれない。ただ……かつて世界一を義務付けられていたヤンキースにとって、本来ならプレーオフ進出は予定調和の出来事だったはずだ。

(写真:ややインパクト不足のロースターをジラルディ監督はどう操縦していくか  Photo By Gemini Keez)

(写真:ややインパクト不足のロースターをジラルディ監督はどう操縦していくか  Photo By Gemini Keez)



 ほんの数年前までは、“真の戦いは10月から始まる”といった言い方がされていたもの。そんな伝統に新たな1ページを刻むべく、2015年のチームはポストシーズンでも勝ち進むことができるか。そのためには何が必要なのか。

 9月8日以降のヤンキースは10勝13敗とやや停滞している。2000年には最後の15戦中13敗を喫しながら世界一に輝いたこともあるくらいだから、近況の悪さだけなら問題ではあるまい。しかし、ここで気になるのは、シーズン終盤に来て、いくつか顕著な不安材料が見えてきていることだ。

 8月17日にスイッチヒッターのテシェイラが故障離脱以降、サウスポーの先発相手に5勝8敗(それ以前は22勝13敗)と打線は左投手を苦手にしている。

 また、田中は9月中旬に右足太もも裏の張りで短期離脱、ピネダは9月29日のレッドソックス戦で初回に6失点、サバシアも1年を通じて不安定なままと、先発投手陣は依然として順風満帆とは言えない。

 ブルペンでもセットアッパーとしてチームMVPと言える働きだったベタンセスが、9月24日までの4登板機会中3度で複数の四球を許し、30日には同点本塁打を打たれるなど、春先ほどオートマチックな存在ではなくなっている。

「長打を打てるベテラン打者が挙げた得点を、ブルペンのパワーピッチャーが守る。そんなモデルで構築されたチームだ」

 6月上旬にニューヨークでスイープ負けを喫した際、エンジェルスのマイク・ソーシア監督は今季のヤンキースをそう評していた。

 左のパワーヒッターがズラリと揃った打線のどこからかホームランが飛び出し、強力ブルペンを駆使して守りきる。最後にワールドシリーズを制した2009年にも機能していた必勝パターンが、最近は円滑には働いていない。この状況下では、ワイルドカードゲームから始まり、ワールドシリーズまで4ラウンドに及ぶ長い戦いを勝ち抜くのは至難の業だと言うしかない。

 そんなアンダードッグが、快進撃を可能にするために必須の要素は2つ。

(写真:プレーオフでの勝利にはロドリゲスの打棒復活は欠かせない Photo By Gemini Keez)

(写真:プレーオフでの勝利にはロドリゲスの打棒復活は欠かせない Photo By Gemini Keez)



 まずは8月1日以降の打率.185はメジャーワースト3位(150打席以上)と息切れしたロドリゲスが、相手投手に脅威を感じさせる打棒を取り戻すこと。ジャコビー・エルスベリー、ブレット・ガードナーの1、2番デュオも重要だし、グレッグ・バードのような新鋭の台頭もあったが、今季のチームでは40歳のスラッガーが支柱的存在であり続けてきた。

「僕がもっと良いスイングをすることはもちろん重要だ。年上の選手たちがチーム全体をリラックスさせ、ヤンキースのベースボールを展開できるように留意する必要がある。僕が打つことが、その助けになるはずだ」

 本人の言葉通り、ロドリゲスの活躍なしにヤンキースが複数ラウンドを勝ち進むことは考え難い。特にチーム全体が苦手とする左投手を相手にした際、数少ない右のパワーヒッターの働きは絶対に欠かせない。

 投手陣では、たとえベタンセスがやや疲れ気味だったとしても、プレーオフではアダム・ウォーレンも加わるブルペンこそがヤンキースの強みであるに違いない。そんな前提を考慮した上でも、鍵を握るのはやはり田中、セベリーノ、ピネダという3人の先発投手たちだと考える。

(写真:地区シリーズ以降に進めた場合、21歳のセベリーノは田中に次ぐ第2エース的な役割を担うことになる Photo By Gemini Keez)

(写真:地区シリーズ以降に進めた場合、21歳のセベリーノは田中に次ぐ第2エース的な役割を担うことになる Photo By Gemini Keez)



 田中は体調の不安、セベリーノは経験不足、ピネダは波の大きさという弱点があるものの、それぞれ好調時には支配的な投球ができる右腕であることに変わりはない。ブルペンがどんなに強力でも、試合に勝つには、この3人が少なくとも6回あたりまで試合をつくることが最低条件だ。

 先陣を切って10月6日のワイルドカードゲームでマウンドに立つ田中には、リスキーな一発勝負の莫大な重圧がのしかかる。ここで日本人エースが幸先よく実力を誇示し、新旧ドミニカン右腕がそれに続くことができれば……。

 端的に言って、2015年のヤンキースは“チャンピオンシップ・チーム”には見えない。同地区内に目をやっても、シーズン中に大補強を成し遂げたブルージェイズの方が総合力で遥かに上。運にも左右されるワイルドカードゲームは勝ち抜けたとしても、そこから先に進むのは並大抵のことではないだろう。

 しかし……今季開幕前の時点でも、「ヤンキースがプレーオフに進むには多くのことが良い方向に進む必要がある」と言われていたのを忘れるべきではない。そんな厳しい条件を、伝統チームはすでに1度突破してきたのだ。

 今季の陣容でワールドシリーズにまで進むようなことがあれば、恐らくはチーム史上に残る“マイナー・ミラクル”。この時期のMLBに絶対不可能なことはない。ベテラン軍団が秋の大舞台でステップアップできるか、元王者の行方に今後しばらく街中の視線が注がれることになる。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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