160122kakihara

(写真:昨年末、Uインター時代の後輩・上山龍紀選手<右>のセコンドに付いた)

「ヒクソン(グレイシー)の息子の試合しか印象に残っていない」

 2015年の大晦日に行なわれた総合格闘技『RIZIN』を観ての感想だ。

 UWF出身者の僕は、どうしてもグレイシー一族に目がいってしまう。UWF時代の先輩である高田延彦さんや船木誠勝さん、安生洋二さんなどが、かつてヒクソン・グレイシーに次々と撃破されたのだから無理もないだろう。

 

 あれから月日が流れ、気が付くと息子の世代が活躍する時代となった。プロフィールによるとヒクソンの次男クロン・グレイシーは、19歳で柔術の黒帯を取得し、2013年に『ADCC Worlds 2013』の77kg未満級で優勝している。その年に行なわれた『Metamoris 2』では、あの青木真也選手からタップを奪っているだけにその実力は折り紙つきである。余談だが、大晦日での『RIZIN』には、その青木選手も出場し、桜庭和志選手に圧勝した。かつてグレイシー一族の天敵であった桜庭選手の試合をリングサイドで観ていたヒクソンは、どのような胸中だったのだろうか? きっと“グレイシーハンター”とまで呼ばれていた男の現在に寂しい思いを抱いたに違いない。僕も後輩の無残な姿に切ない気持ちになったが、やはり次の世代が育っていることを認めなければとも思った。

 

 次世代のスター候補のひとりであるヒクソンの息子・クロン選手は、一昨年の12月に有明コロシアムで行なわれた『REAL』という大会で、総合(格闘技)デビューを果たした。こちらのリングは、サークル型のケージとなっており、従来の八角形のケージや四角いリングとは違う。ルールもリングも初めてでありながら、見事に関節技で勝利しているのだから、さすがサラブレッドである。その試合を僕は残念ながら観ることは出来なかったのだが、昨年12月開催の『REAL3』では、Uインター時代の後輩である上山龍紀選手のセコンドに付き、その円形ケージを生で拝んできた。ケージの直系が9メールもあるだけに想像していたよりもずいぶんと広く感じ、寝技より立ち技を得意とする選手が有利な戦場だと感じた。

 

「この円形ケージで、あのヒクソンの息子が初戦を飾ったのかぁ」。僕は、上山選手のセコンドを務めていながら、不思議と頭の片隅にグレイシーのことを考えてしまっていた。僕の中では、今でもUWFとグレイシーを切り離すことができないのである。Uの名のつくリングでデビューした最後のファイターである上山選手もその想いは強い。なぜなら彼は、高田さんがヒクソンと対戦するまで付き人をしていた。それだけに僕よりも更に意識していると思われる。彼にその頃の話を少し思い出してもらった。

 

「(ヒクソン戦前の)沖縄合宿にも付いて行きましたが、持久的な練習がとにかく多かったですね。スタミナ強化のためにマスクをして走り込みをした印象が強いです」

 当時、お互いの情報が少ない中での対戦だったため、スタミナこそが一番の保険だったのかもしれない。MMAが今ほど成熟していない頃なので、どちらかというと異種格闘技戦の趣が強かった。柔術の戦法から考えると受身であるため、高田さんはきっと長期戦を想定していたに違いない。しかし、酸素を取り込みにくい状態での走り込みは相当キツかったはずだ。

 

 上山選手も、この時の走り込みを思い出し、苦笑いしていた。確かにあの頃の高田さんは、道場練習より、アスリートさながらにフィジカル面を追い込んでいた印象がある。これまで数十年かけて作り上げたレスラーの肉体を捨てさせるほど、ヒクソンは巨大な存在だったのだ。ファイターを超越して、仙人のようなオーラを身に纏っていたヒクソンのような選手はもう出てこないだろう。

 

 さて、その遺伝子を受け継ぐ男、クロン選手の大晦日の試合を上山選手はどうみたのだろうか?

「相手の打撃が怖くなかったせいか、すぐ寝技に行かず長い時間帯で打撃戦をしていた印象です。打撃もしっかり練習していたように見えました」

 

 相手の山本アーセン選手がレスリング選手ということもあり、臆することなくパンチを多用できた部分は確かにあったのかもしれない。

「昔のグレイシーは寝技のみのイメージですが、現在のグレイシーは打撃もしっかり出来ると感じました。まだまだ発展途上だと思いますが、予想以上に打撃(ボクシング)が上手いなと」

 

 確かにヒクソンの時代のグレイシーは、マウントでのパンチはあるものの、立ち技での打撃の印象は薄い。クロン選手は、戦術のバランスも良く、とてもスマートだった。今後、どんどん伸びていくファイターだろう。個人的には、クロン選手と“UWF最後の戦士”上山選手の試合を観てみたい。もちろん、上山選手もグレイシーとの対戦を熱望している。

 

『REAL』の次回興行は3月だ。クロン選手が、再び『REAL』の円形ケージに立つのを期待したい。

 

(このコーナーは第4金曜日に更新します)


◎バックナンバーはこちらから