ホームベースは誰のものでもない。いわば公共物であり、そこへの走路は公道にあたる。捕手が占拠しようとすれば、走者は力ずくで排除にかかる。それがベースボールに迫力と緊張をもたらせていた。

 

 だが物事には限度というものがある。2011年5月25日、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地で起きた本塁上でのクロスプレーは一線を超えていた。

 

 浅いライトフライでフロリダ・マーリンズのスコット・カズンズがタッチアップからスタートを切る。返球はワンバウンドでやや一塁側へ。悪いバックホームではない。タッチにいくバスター・ポージーの首筋に弾丸のようなタックルが突き刺さる。うつ伏せになって苦しむポージー。ホームインが認められたが何度見ても後味の悪いシーンだ。

 

 この危険なプレーによりポージーは左足腓骨骨折、左足首じん帯断裂の大ケガを負った。捕手出身であるジャイアンツのブルース・ボウチー監督はクロスプレーに関するルールの厳格化を求め、それに同調する意見が相次いだ。それがコリジョンルールの導入につながった。

 

 もっとも、MLB関係者の全員が新ルール導入に賛成だったわけではない。「本塁上でのクロスプレーは野球の一部」「メジャーリーグが脆弱になる」との声もくすぶり、ルール導入まで4年かかった。

 

 映像が衝撃的なあまり、当時は見落としていた点がある。実はライトからの返球を、ポージーは捕球し損なっているのだ。一瞬、ボールを探している間にタックルが飛び込んできた。不意を突かれた。それが余計にダメージを大きくしたのではないか。

 

 仮に落球していなくても、あの危険なタックルを回避することは難しかっただろう。ただアウトにはできていたかもしれない。タックル後の落球なら審判は「守備妨害」と判定していた可能性があるからだ。

 

 メジャーリーグから1年遅れでNPBもコリジョンルールを採用することになった。捕手は本塁前でのブロックはもとより、ボールを持たずに走路を塞ぐことも禁止になる。追いタッチになれば、捕手に分はない。落球は問題外だ。すなわち今季は例年以上に捕手の捕球技術が問われることになる。

 

 ちなみに負傷後、ポージーの捕球技術は以前にも増して精度を上げ、昨季は自身初となるフィールディング・バイブル・アワードを受賞した。

 

 捕逸の少ない捕手――。そう呼ばれることが今の彼の誇りであるという。

 

<この原稿は16年3月23日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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