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(写真:ホノルルの朝、街角で見た風景)

 欧米諸国に行かれたことのある方なら見たことはあるであろう「ストローラー」。日本人に馴染みのある言葉で言うなら「ベビーカー」だ。ストローラーはベビーカーをさらに強化し、スポーツ向きにしたものである。それをお母さん、もしくはお父さんがジョギングしながら押している姿は欧米では当然のように見られるが、日本ではあまり見ることはない。僕が海外に行くようになって25年が経つが、欧米と日本の間のストローラーの普及の差は変わることがないようだ。これだけ日本における女性の立場も変化しているのにこの実情はどうしたことか……。

 

 そんなことを改めて考えたのは、ホノルルで開催されていた「ホノルルハーフマラソン・ハパルア」に来ている時であった。大会数日前に走っていた僕を軽快に抜き去っていった女性はストローラーを押していた。あまりのカッコよさに、手に持っていたデジカメで後ろ姿を撮影し、Facebookにアップしたところ、日本で普及しないことへの不満、反論など様々な意見をいただきこの問題について改めて考える機会を持ったのである。

 

 日本では子供が小さいうちは、家で子守をするという概念があった。しかし、子供ができたら一緒に走りに行くという考え方で生まれたのがストローラーである。欧米のジョガーの間では普通のことなのにどうして日本では普及しないのか。要因はいくつかあるが、大きく分けて物理的な道路環境と子育てに関する社会的環境の相違があるようだ。

 

 まず道路事情。日本のベビーカーは携行性を重視し、折りたたみやすさ、軽量性などが追求される。一方、ストローラーはあくまでも安定性が重視される。ストローラーは本体を安定させるために、横幅も長さもベビーカーよりも一回り大きい。おのずとサイズも重量も全く違う。それを日本の狭い歩道で押すことが難しく、段差の多さやコーナーの多さも快適に走れる環境を阻害する。もちろん車道に出てしまうと危険と隣り合わせになるし、もはや本来の子育という目的の域を出てしまう。とするならば、都心部において、ストローラーを使用してのジョギングは物理的に制限されてしまう。

 

 理解と認知が低い現状

 

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(写真:「ホノルルハーフマラソン・ハパルア」にストローラーで参加する人も少なくない)

 社会のストローラーへの理解の問題もある。普及が進んでいない日本では、歩行者にも車からも疎ましく思われてしまう。もちろん混雑時は歩行者にも子供にも危険だが、時間帯や場所を選んでも、ストローラーそのものへの理解がないため快く思われないことがある。それ以上に押している両親が良心の呵責を抱えることも多い。「これって迷惑だよね」「周りに疎ましく思われているのではないか」など周囲を気にするがあまり、結局、ストローラーの使用をやめてしまったという事例を聞く。使う側も社会全体も、ストローラーで子育てとスポーツを近づけることにはまだまだ難しいようである。

 

 さらに、子供への配慮から反対する人も少なくない。「子供をわざわざリスクにさらすことはない」という考え方だ。事故などの問題だけでなく、振動からくる影響にも心配は及ぶ。もちろん子供を思う気持ちからの意見で大事な視点である。ただ、前者は子供にいろんな景色を見せるいい機会とも考えられる。そして、振動の子供への身体的な影響に関しては、アメリカでも日本でも危険性を指摘する文献は見たことがない。むしろ気にすることはないと示唆するものばかりなので、現状では、それほど危機感を持つ必要はないと思うのだが、専門家の意見をぜひ聞いてみたい。

 

 子育てで家にこもりがちになる親に、外出の機会を与え、スポーツの機会を作り出す。このメリットも無視することはできない。子供にとっても新しい世界と触れ合うことができ、両親との時間を共有できる。もちろん多少のリスクはあるが、もう少し日本の社会にストローラーが入ってきてもいいのではないかと個人的に思う。新参者はいつも邪魔者扱いされるのが世の常。それでもメリットとデメリットを正しく理解し、メリットを享受できるような社会にしていかなと……。

 

 今朝も、ストローラーで走るママをたくさん見ながら、ちょっと寂しい気持ちになってしまった。さて、あなたはどう思いますか?

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。著本に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。

>>白戸太朗オフィシャルサイト>>株式会社アスロニア ホームページ
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