連敗中の巨人を救ったのは、キャプテンの一発だった。坂本勇人が5月29日の阪神戦で10号ソロを放ち、チームの連敗を7で止めた。プロ10年目の坂本は、今季は打撃好調でキャリアハイの成績を残しつつある。6月4日現在で、打率3割4分9厘は目下セ・リーグ首位打者である。チーム最多の12本塁打、35打点を記録し、貧打に喘ぐ巨人打線の中でその存在感は際立っている。10代の頃から不動のレギュラーとして巨人で活躍する坂本の原点に、8年前の原稿で迫る。

 

<この原稿は2008年6月号の『本』(講談社)に掲載された原稿です>

 

 巨人にとっては待望久しかった生え抜きのニュースター誕生である。不振のチームにあって高卒2年目の新鋭、坂本勇人がひとり気を吐いている。

 

 開幕ではセカンドのレギュラーポジションの座を掴み、二岡智宏が右ふくらはぎの肉離れで戦線離脱したことで翌日の試合からはショートの定位置に入った。それ以来、連続出場を果たしている。

 

 打順は8番からスタートし、7番、1番と目まぐるしくかわっているが、26試合に出場して打率2割9分8厘、本塁打2、12打点、2盗塁という成績(4月27日現在)は立派の一語だ。

 

 坂本は2006年度の高校生ドラフト1巡目ルーキー。青森・光星学院では一度しか甲子園に出場していないが、野球センスが要求されるショートを1年生から守り、高校通算39本塁打をマークしているのだから、いわゆる“上ダマ”だったのだろう。

 

 身長183センチ、体重76キロ。大柄で俊敏な内野手は、プロの世界にもそうはいない。巨人というより、ゆくゆくは日本球界を背負って立つだけの逸材である。

 

 この坂本、普通の右打者にはない特長がある。ヒザ元の速いボール、要するに内角低目のストレートを、いとも簡単に打ち返すのだ。その技術は、とても高校を出て2年目の選手とは思えない。

 

 ヒザ元の速いボールは、右打者にとっては泣き所のはずである。高目のボールなら叩けば何とかなるが、インローはコンパクトなスイングで下からバットを振り抜かなければならないのだ。極端に言えばゴルフのドライバーショットのような打ち方が求められるのである。このような難易度の高いスイングを、坂本は19歳にして既に持ちあわせている。そこにこの新鋭の非凡さを感じるのである。

 

 4月6日、東京ドームの阪神戦で坂本は記念すべきプロ初ホームランをライトハンダーの阿部健太から奪った。19歳3カ月でのグランドスラムはセ・リーグ最年少記録というおまけまでついた。

 

 打ったボールはカウント2-1からのインローのストレート。それを坂本はコンパクトなスイングで下からすくい上げた。翌日のスポニチ紙の一面にこの時のフォームが紹介されていたが、まるでタイガー・ウッズのドライバーショットを見ているようだった。

 

 顔はブレずにバットのヘッドがきれいに振り抜けている。ほぼ直立の姿勢だが、後ろ足のヒザだけが折れている。このバネをいかしてはじき返したのだろう。

 

 それはもう額に入れて飾りたくなるような、ほれぼれするようなフォームだった。体のどこにも力みがなく、表情に気負いも感じられない。写真をじっくり見れば、前歯が2本浮き出ており、その表情は笑っているようにさえ映る。恐るべき19歳だ。過日、坂本とじっくり話す機会があった。そのエッセンスを紹介しよう。

 

――インローがツボですか?

「そうですね。高校の時から内角寄りの低目のボールが得意でした」

 

――インローのボールは目がついていかず、芯に当てるのが難しいのですが、あなたはミスショットが少ない。

「今季からポイントを近くにして打っている。それで無理やりバットの芯に合わせて打とうとしているところがある。左ヒジを引いてでも芯に合わせることを優先させています。まぁ、それは良い部分でもあり悪い部分でもあるんでしょうけど……」

 

――基本的に高校時代から同じフォームですか?

「えぇ、ずっとそうです。左ヒジを引いてインコースを打っていました」

 

――その打法は誰かに教わったものですか?

「いえ、全然。ただ、あまり引き過ぎるとヘッドが下がっちゃうので、そこは意識しています」

 

――ヘッドが下がるとインハイのボールが打てなくなりますね。

「そうです。ファウルになりやすいですね」

 

――じゃあ課題はインハイのボールですか?

「そうですね。インハイもそうですけど外角でも高目のボールはヘッドが寝ちゃうとファウルになりやすい。だから高目を打つためにはもう少しヘッドを立てなくてはいけないと思います」

 

――インローは驚くほどうまくさばけている反面、高目も低目もアウトコースはまだ得意とは言えませんね。

「たまにうまく合わせられることはありますが、まだ強く打ちきれていはいませんね。パチンと右中間方向に飛んでいく打球が少ないですから」

 

――原辰徳監督からのアドバイスは?

「“バットはグリップから振り降ろすだけでいい”と。“力を抜いてボールの軌道にグリップを持っていけ”とだけ言われています」

 

 あまり知られていないが、彼は左利きの右打者である。右利きの左打者なら掃いて捨てるほどいるが、その逆はきわめて珍しい。

 

 イチロー(マリナーズ)にしろ松井秀喜(ヤンキース)にしろ福留孝介(カブス)にしろ、メジャーリーグで活躍している日本人野手のほとんどは右投左打である。

 

 野球は右投手が多い。左打者なら右打者に比べてボールの出所がわかりやすい。加えて一塁にまで近いという利点もある。

 

 最近は少年野球を見ても右投左打ばかり。イチローや松井のような成功例を見れば指導者や親が右利きの子供を左打ちにかえるのもわからないでもない。

 

 ところが坂本はその逆なのだ。少年野球時代にはマー君こと田中将大(東北楽天)とバッテリーを組んでいた(ちなみに坂本が投手で田中が捕手)というほどの“野球エリート”が、なぜ“左利き右打者”なのか。

 

「小さい頃は左用のグラブで野球をやっていたんですけど、やがてそれが手に合わなくなった。それで右利きの兄貴のグラブを借りたんです。それで遊んでいるうちに、いつの間にか左手でボールを捕り、右手でボールを投げるようになっていた。気がつくと右投右打になっていたんです」

 

 坂本のバッティングを見ていると、先述したように利き腕である左が実に巧みにスイングをリードしている。インローのボールを正確にとらえ、パンチ力のある左腕でそのまますくい上げていることに気付く。これは左利きゆえのアドバンテージといっていいだろう。

 

 坂本のバッティングを見ていてイメージが重なるのは現役時代の篠塚和典(現巨人一軍打撃コーチ)である。篠塚は坂本とは反対に右利きの左打者だが、内角、とりわけ低目のボールに強く、細身ながらツボにくればスタンドにボールを運ぶだけの力を持っていた。

 

 もちろん、まだ坂本は篠塚の域には達していない。だが、彼のバッティングフォームを見ていると篠塚の合わせ鏡のような気がして仕方がないのである。

 

――篠塚コーチから特別なことは教わりましたか?

「いえ、それは特に……」

 

――あなたはまだ体はできていないが、ボールを遠くへ飛ばす才能を持っている。バッティングで意識していることは?

「僕はボールをパーンと叩いてスピンをかけるのではなく、(ピッチャーから)ラインを引いてきて、そのラインに自分のスイングの軌道を合わせることを考えています。ストレートならそのままですが、スッと落ちたらすくい上げる。そんなイメージです」

 

――要するにピッチャーのボールを「線」でとらえる。

「そうです。でも原監督からは“点でとらえろ”と言われています。どうしたらいいのか、自分でもいろいろと考えながらやっているところです」

 

 バッティングにおける悩みのレベルは19歳のそれではない。自分の長所、短所を自覚し、クリアすべき課題の正体まで知っている。プロ野球の将来を荷う19歳の今後を温かく、そして注意深く見守りたい。


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