6月4~5日、新潟市でジャパンパラ陸上競技大会が行われました。数年ぶりに訪れましたが、観客数はもとよりメディアの数の多さに驚きました。2020年に向けて、各メディアのパラスポーツへの注目度は着実に上がってきています。


 さて、あちこちを巡っていると、スタンドにひときわ目立つオレンジ色の応援団がいるのに気が付きました。車いす陸上の西勇輝選手が所属する野村不動産パートナーズの社員による応援団でした。
 西選手は2013年アジアユースパラ競技大会の日本選手団主将を務めました。今年の4月に社会人となりましたが、同社へはアスリート枠ではなく、一般の社員雇用での入社です。

 

(写真:西選手と応援にきた野村不動産の社員有志のみなさん)

(写真:西選手と、その応援に駆けつけた野村不動産パートナーズの社員有志応援団)

 人事担当者は、入社前からのやりとりで、西選手がパラリンピック出場を目指していること知りました。それならば社をあげてバックアップしよう、ということになっていったそうです。とはいっても、もともとアスリート採用を目的としていたわけではないので、「まさに右往左往でした」(人事担当者)。世界を目指すアスリートとどう向きあえばいいのか。また、引退後の方が長い会社員人生をどのようにするのか。それを前提として現役時代をどのようにするのか。手探り状態が続きました。それでも西選手とのコミュニケーションをとにかく大切に丁寧に行い、少しずつ環境を作ったそうです。

 

「リオに出場できたら……」
 社員の中に、これまでの日常と違うわくわく感、期待感が生まれました。西選手が入社するまで「パラリンピック」とは、名前だけは知っているけれど遠い存在でした。ところが同じフロアに、それを目指している選手がいる。周囲の社員も興味が湧き、次第に同じ夢を共有し始めたのです。
「西が夢に向かって戦っているところを直接見たことがない」
 会社にいるときとは違う、どんな様子で世界へと挑んでいるのだろう。すぐに、社員有志が西選手の応援にいくことを決めました。応援団は役員も含めて6名。お揃いのポロシャツやメガホンも作りました。それがジャパンパラのスタンドで一際目立っていた応援団だったというわけです。

 

「すごく緊張する」「レースが近づいてきたら、どきどきしてきた」
 こう語っていた応援団の女性社員が、西選手がトラックへ入場してくると「ゆうき~」と声をかけました。西選手はちょっと照れくさそうにスタンドに向かって笑顔を見せました。
「う~ん。もっと経験を積んだら堂々としてくるんでしょうね」と、笑顔ながらも厳しい注文を出したのは上司の方でした。そう、西選手は社員であり部下なのです。

 

 西選手は100mで3位に入賞しました。表彰式へも応援団が駆けつけていました。メダルをかけてもらって、応援団に向かって西選手は手を振っていました。でもやはり照れが隠せません。
「う~ん。いろんなことを積み上げていったらもっと表情が引き締まるのかな」。またまた発せられた上司の厳しい言葉に、愛情を感じた一瞬でした。
 西選手は表彰式の後でこう語っていました。
「応援に来てもらうなんて、初めての経験。突然、結果へのプレッシャーを感じました」
 入社して2カ月。「自分を毎日気にかけて見てくれる人がいます。いい緊張感があるし、試合にも来てくれて。とても励みになりますね」

 

 この大会の3週間後、西選手は東京都庁にいました。6月26日、都庁で東京アスリート認定選手・認定式が行われたのです。
「東京アスリート認定制度」は、オリンピック・パラリンピックをはじめとした国際舞台で活躍できるよう、競技力向上と2020の機運を盛り上げるために東京都が創設したものです。この事業はとても素晴らしい施策だと考えています。行政が特定の選手を認定し支援する制度を、リオデジャネイロ開催前のこの時期に創設したことに、東京都の意気込みを感じずにはいられません。

 

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 西選手はその一期生に認定されました。式典に臨む西選手の傍らには、会社から3人の応援団が駆けつけていました。ネクタイを締めた西選手は先輩社員に囲まれて、やはり照れくさそうでした。
「日曜日なのにここまで来てくれて申し訳ないと思います。けれどやっぱり嬉しいですね。身が引き締まる思いがします。いいレースをするのは当たり前ですが、そこまでのプロセスもきちんとしていかなければと思います。社会人として生活などを見直して変えていくことも、競技の力になっていくと思っています」
 6月の新潟のときよりもぐんと精悍になっていると感じたのは私だけではないでしょう。このコラムで以前にも、選手が所属する企業とともに世界へ羽ばたいていくプロセスを紹介したことがあります。それは同時にアスリートが人格形成をしていくプロセスでもありました。

 

 2020年東京大会の開催が決定して以降、企業のパラリンピックへのサポートには目を見張るものがあります。その一つがアスリートの雇用です。企業が新しい世代の若いアスリートとの様々な雇用形態を模索しています。
 そんな中、特に西選手はアスリート雇用ではない、新卒の一般入社です。新社会人というのはその人にとって一生に一度しかありません。たった一度の貴重なスタートの瞬間です。それを受けとめ、さらにはアスリートとしてのサポートも決めた企業。会社員でありアスリートである西選手と、彼と巡りあった企業とががっぷり四つに組みました。
 これからパラアスリートと企業の新しい形を、きっと私たちに見せてくれるに違いありません。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。

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