これはもう事件と言うべきである。何ほどかのことは、ここでも触れておかねばなるまい。

 

 6月14日の西武戦から6月29日の東京ヤクルト戦まで、広島カープがなんと11連勝した。球団としては32年ぶりの快挙だという。ついでに言えば、2位巨人に9ゲーム差をつけて首位独走中である(6月30日現在)。

 

 カープに何が起きたのか。

 

 この快進撃の象徴的な選手は鈴木誠也である。二松学舎大付高出身の4年目、22歳。

 6月17日、18日のオリックス戦で2試合連続サヨナラホームランを放った。19日も決勝ホームランを打って3日連続で勝利の立役者となった。

 

 高卒4年目の若手がブレイクした、というと“広島は無名の高校生を猛練習で育成して強くなる育成型の球団”という立派な評価を思い浮かべる人も多いだろう。

 

 まず、常識的かつ、ある種の美談にさえなっているこの評価を否定しておきたい。

 たとえば、2000年(平成12年)からのドラフト1位(ないし1巡目)指名された高校生を並べてみよう。

 

 横松寿一(2000年)、大竹寛(2001年)、白浜裕太(2003年)、佐藤剛士(2004年)、鈴木将光(2005年)、前田健太(2006年)、安部友裕(2007年)、今村猛(2009年)、高橋大樹(2012年)。

 

 このうち、大竹は甲子園出場し未登板ながら日本代表にエース格として選ばれるほどの有名選手だった。前田は球団が育てたというより、自力で勝手に大きく育ったというほうが近い。安部は9年目の今年、ようやく少し花開きかけているが、大成するとまでは言えないだろう。今村も甲子園優勝投手である。つまり、もともと有名だった選手はそれなりの活躍をしているが(マエケンもPL学園のエースでセンバツベスト4)、無名の高校生が大きく育ったというケースは、ドラフト1位を見る限り、ないのだ。

 

 むしろ、2010年くらいから、ドラフトの傾向が変わったように見える。2010年福井優也(早大)、2011年野村祐輔(明大)、2013年大瀬良大地(九州共立大)、2014年野間峻祥(中部学院大)、2015年岡田明丈(大商大)――要するに高校生ではなく、即戦力が期待できる有名大学生を指名するようになったのだ。

 

 そして、この頃から、長い低迷期を脱して、上位を狙える戦力が整い始めた。

 

 底上げにつながった2010年以降のドラフト戦略

 

 何より大きかったのは、2011年2位の菊池涼介(中京学院大)と2013年3位の田中広輔(JR東日本)だろう。

 

 菊池は中央では無名の大学生だったかもしれないが、新人の年のキャンプから俊敏な動きは際立っていた。今では1試合に一回は、信じられないようなスーパープレーを見せるけれども、これは決して球団が育成した守備ではない。

 

 今年、1番ショートに定着した田中の成長も、快進撃を語る上では欠かせない。

 田中の守備は、入団時よりは格段に鋭く、速く、うまくなった。もちろん、球団の育成のたまものと言ってもいいが、私は菊池の影響だと思う。二遊間コンビを組む菊池があまりにもスピードにあふれた鮮やかな守備をするので、自然とそれにつられて上達したという印象がある。

 

 ちなみに1~3番で固定されている田中、菊池、丸佳浩は同学年である。丸は安部が1位指名されたときの3位である。いまでは、どう考えても、1位と3位の評価は逆としか思えないが、当時、千葉経済大附属のエース(丸)はバッティングがいい、という評判はすでにあった。それよりも安部を優先したのは、打撃の技術よりも「俊足巧打」の素質を買って、育てようとしたということだ。しかし、実際に大きく育ったのは、丸のほうだった。

 ともあれ、2010年以降のドラフト戦略が、戦力の底上げを下支えしていることは間違いない。

 

 鈴木に話を戻すと2012年のドラフト2位である。いまとなっては、1位の高橋とは明らかに評価が逆だが、このあたりは、どんな名スカウトも、誰が化けるかまでは見抜けない、ということでいいのではあるまいか。むしろ、他球団に先んじて2位で指名したことが、現在の快進撃につながったというのが冷静な分析だろう。

 

 近年、鈴木と同じように期待されて入団した打者に、堂林翔太と野間がいる。野間には今季、なぜかルーキーだった昨年の輝きがない。堂林は一時期ブレイクしかけたけれども尻すぼみ。この伸び悩む2人と鈴木を比べると、鈴木の体が、去年から一気に大きくなった印象がある。別に身長が伸びたわけじゃありませんよ。体に実が入って、ひとまわり大きく、強くなった。そのせいで、圧倒的に振る力がついた。打撃練習で鈴木の打球音だけ違ってきこえるようになった、というのは、春先から多くの評論家が語っていたことだ。ようするに、いままさに化けつつあるのだ。3人のうち1人化ければ、なかなかの確率である。

 

 資金力とファンの力

 

 次にカープ躍進の原因として、よく指摘されるのが、外国人選手の成功である。打者ではブラッド・エルドレッドとエクトル・ルナ、投手はクリス・ジョンソン、ブレイディン・ヘーゲンズ、ジェイ・ジャクソン。

 

 ジョンソンは左腕では日本球界一の投手かもしれない。ヘーゲンズ、ジャクソンはセットアッパーとして大いに勝利に貢献し続けている。

 

 たしかに、担当スカウトの眼力は評価に値する。

 

 しかし、たとえば去年は、球団史上最高額の契約というふれこみで、2人の打者を獲った。ヘスス・グスマンとネイト・シアーホルツ。もはや忘れた方のほうが多いだろう。ほとんど活躍できなかった。ここで注目してほしいのは2人立て続けに「球団史上最高額」というふれこみだったことだ。つまり、それだけの資金があるということである。

 

 今年の6月4日にはジョンソンと新たに2017年から3年契約を結んだと発表された。この年俸が300万ドル(約3億1950万円)プラス出来高といわれ、またまた、球団史上最高額を大幅に更新した。

 

 今オフ、メジャーにもっていかれるかもしれない左のエースをひきとめた球団の判断は、的確だったといってよい。しかし、なぜ、そのようなことができたのか。くり返しになるが、それだけの資金があったからである。

 

 マツダスタジアムに連日3万人を超えるほどつめかける観客、そしてグッズの売り上げ等々。そういうカープ人気が、資金を生み出していることは、間違いあるまい。要するに球団というより、ファンの力がジョンソンを引きとめたのだ。

 

 連勝中、直接的にファンの力で勝った試合がある。26日の阪神戦。2-3で敗色濃厚に思えた9回裏2死満塁。會澤翼が執念の同点タイムリーを放ってなお満塁。代打松山竜平の当たりは平凡な左中間へのフライだった。ところが、レフト俊介とセンター中谷将大が衝突して落球。信じられないような逆転サヨナラ劇となった。

 

 観客の声援がすごくて、外野手同士の声がきこえなかったのだろう、というのが一般的な解釈である。私はむしろ、観客のプレッシャーだと思う。スタジアムの過剰なまでの盛り上がりが、2人の野手に「何が何でも取らないとヤバい」という、平静を欠く心境にさせたのだ。

 

 その意味では、この連勝は、すべてホームゲームだったという運、そしてファンの力が大きな要素だった。

 

 石原のリードに見る“黒田効果”

 

 もう一つの力についても語っておきたい。

 

 6月28日の東京ヤクルト戦を例にとる。野村祐輔が9勝目をあげた試合だが、では、セ・リーグ最強打者といっていい山田哲人との対決はどうだったか。ふり返っておく。

 

 第1打席は2回表の先頭打者である。

 カーブ、スライダーで外角をついたあと、チェンジアップ。カウント2-1となって4球目はインハイを狙ったシュート系。山田はこれを打ってセンターフライ。

 

 第2打席は、4回表。無死一、二塁で迎えた。

 外角にスライダー、ストレート、スライダーでカウント2-1。ここからインコースへチェンジアップで空振り。最後は外角のボールゾーンからストライクに入ってくるシュート系(ツーシーム?)だろう。やや中に入ったが、山田は右に狙って、いい当たりの大きなライトフライに倒れた。

 

 そして第3打席は、6回表、2死走者の場面である。

(1)外角低め スライダー

(2)カーブ ボール

(3)やや近めにチェンジアップ 空振り

(4)外角低め スライダー ボール

 カウント2-2。さて、勝負球は?

(5)外角 カーブ 見逃し三振!

(第4打席は投手が中崎翔太に代わって四球)

 

 三振はお見事といっていいが、この3打席は、ある意味で今季の野村を象徴している。

 まず、右打者のインコースをシュート系で攻める配球が増えた。第1打席はその象徴だが、ただし実をいえばやや甘く入った。球威で勝ったといってもよいが、山田にしては打ち損じの感もある。つまり、少し幸運に恵まれた打席である。

 

 第3打席の三振は、最後にカーブという配球の妙で、山田も茫然と見送っている。ここには捕手・石原慶幸の変化(36歳のベテランに「成長」というのも失礼でしょうから)が隠れている。

 

 石原はもともと外角低めを中心にリードする捕手であった。常識的な配球といっていいだろう。それが、去年の途中あたりから、少し変わってきた印象がある。要するに、インコースを要求する比率が増えてきたのだ(統計をとったわけではないので、あくまで印象ですが)。

 

 この打席では、3球目にインコースにいって、直後に意表をつくカーブで仕留めている。

 こういう豊かな発想は、以前の石原にはあまり記憶がない。数年前ならば、普通に、外角低めのスライダーだったのではあるまいか。

 

 私はこれを、黒田の力だと考える。昨年の途中から、黒田の登板のときは、ほぼ石原がバッテリーを組んでいる。ご存知のように、黒田は、ツーシーム(シュート系)で右打者のインコースを攻めることを大きな武器にしている。そのうえでメジャー仕込みの、いわゆるバックドア、フロントドアを駆使する(たぶん第2打席の最後のツーシームがその意図によるボールだ)。つまり、黒田の投球が石原の発想に変化をもたらせたのだ。それを黒田以外の投手に対しても、活用するようになった。

 

 つまり、この日の野村の好投から示唆される今季のカープの特徴は、少しの幸運、そして「黒田のチカラ」と言うことができる。

 

 昨年、わずか5勝と低迷し、今季に復活をかけた野村はすでに9勝をあげている。実際、黒田によく相談するそうで、「考え方が変わったんです。(略)全てのボールがいい日なんてない。黒田さんを見ていて、その日のボールで勝負しようと思った」(『朝日新聞』6月17日付)と語っている。

 

 次期監督候補に挙げたい石井コーチ

 

 もう一つ、あげておくべきは石井琢朗打撃コーチの存在である。なにしろ、去年は貧打に泣いた。0封負けが何試合あったことか。今年は、一転して、リーグトップのチーム打率を誇ってきた。

 

 昨年と今年の明らかな違いは、2ストライクを取られたあと、各打者がみんな粘ろうとすることである。これは明らかに石井コーチの現役時代の姿なのだが、この作業が打線につながりを生んだ。

 

 石井コーチは、一軍内野守備・走塁コーチを務めて一塁と三塁コーチャーズボックスに立ち、今年から打撃コーチに就任した。一塁コーチになったときは、明らかに盗塁が増えた。三塁コーチの時は、おっとっと、という判断もありました。打撃コーチとしては、はっきり結果を出していると言っていい。

 あの横浜の石井琢朗の、どこか相手を見下すような、「勝者のマインド」を秘めた姿が好きだった。それがカープに移籍してきて、ファンに愛され、ついにコーチとして成功しようとしている。気が早いかもしれないが、個人的には、次期監督に期待している。ま、オーナーは生え抜きが好きなのでしょうけど。

 

 セ・リーグにとって鬼門の交流戦で、カープはここ2年のトータルで、最強ソフトバンクに3勝2敗1分けと勝ち越している。

 

 ソフトバンクよりも強いんだぞ、なんていうと調子に乗るなと叱られそうだ。

ソフトバンクの強さの根源には、すごい球団力がある、というべきか。試みに、ほんの一例を挙げれば、外国人枠の制限があることを承知で、リック・バンデンハークなんて投手をぬかりなく獲得しておいて、一軍に登録したら連勝記録を樹立する。そのバンデンハークが疲労で登録抹消になると、今度は代役の岩崎翔が勝ち投手になる(6月30日の千葉ロッテ戦)。球団力を象徴する出来事といっていい。

 

 もしも、このままカープとソフトバンクが優勝するとすれば(後者は確実でしょう)、広島はファンが作った優勝、ソフトバンクは球団が作った優勝、と言ってみたくなるのだ。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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