何かの本で、英国にまつわるこんな小話を読んだ記憶がある。

 

 ロンドンのさる豪邸に空き家に入った男が、その家に住む男の子と出くわしてしまった。無邪気な少年は、泥棒に言った。

 

「ぼく、フットボールが好きなんだ」

 

「へえ、そうかい。じゃ、好きなチームは?」

 

 少年の答えを聞いた泥棒は舌打ちをした。

 

「なんだ、ラグビーかよ」

 

 数年前、ロンドンで「ワールドサッカー」誌の編集長に質問してみたことがある。

 

「フーリガンはどこに行ってしまったんでしょうか」

 

 しばし考えた末に彼は言った。

 

「なぜフーリガンがいたのか。傍若無人の振る舞いこそがクールだと考える人間が多かったからです。いまは違う。軽蔑の対象になった。それゆえの自然消滅でしょう」

 

 なるほど、と思った。日本にだって暴走族がもてはやされていた時代があった。それがどんどん減っていったのは、確かに、権力からの圧力というよりは、周囲からの視線に原因があったように思える。クールだからやる。ダサイからやめる。わからないではない。

 

 先月、カープの躍進にご機嫌の大先輩、二宮清純さんから呼び出された。亡くなったモハメド・アリについて話をしよう、とのことだった。新宿の高級中華料理店に遅刻して顔を出すと、何人かのボクシング関係者が顔を揃えていた。会食しながらの話題は、もちろんアリにまつわることが多かったのだが、強く印象に残ったのは、協栄ジム金平会長の言葉だった。

 

「韓国も凄い。タイも凄い。でも、いま何といっても凄いのは、イギリスです」

 

 何が凄いのかと言えば、アウェーの雰囲気の凄さ、なのである。

 

「以前話題になった……。そうそうフーリガン、あんなのばっかりなんですよ」

 

 残留か離脱か。全世界の注目を集める中、英国人はEUからの離脱を選択した。離脱に投票しながら、結果が出てから後悔している人も多いようだが、果たして覆水を盆に返すことができるのかどうか。

 

 ご存じの方も多いだろうが、イングランドではロンドンを除くほとんどの地域で離脱派が優勢だった。興味深かったのは、ロンドン以外での例外的な地域に、マンチェスターとリバプールがあったことである。

 

 どこもイングランドにおけるサッカーの中心地ではないか。

 

 かつて、英国におけるサッカーは庶民の象徴であるとされた。ラグビーは上流階級のスポーツだった。だが、チケットの価格を高くし、フーリガンを締め出しているうちに、メガクラブのファンは必ずしも庶民の意志を代弁する層ではなくなっていたらしい。

 

 なぜイングランドはレスターの優勝に熱狂したのか。理由の一端が、改めて垣間見えた気がした。

 

<この原稿は16年7月7日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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