160803rio1「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」

 2004年のアテネ五輪、体操男子団体決勝の中継を担当していたNHKの刈屋富士雄アナウンサーの名実況は今も五輪のハイライトで度々紹介される。当時、最終演技を任されたエース冨田洋之の着地は寸分の狂いなく決まった。日本が誇る「美しい体操」を体現していたワンシーンだった。

 

 そのアテネ五輪以来の団体金メダルを狙う体操NIPPON。大黒柱はロンドン五輪個人総合金メダリストで、世界選手権は前人未到の6連覇中の内村航平(コナミスポーツクラブ)である。そして彼に次ぐ日本の柱として期待されているのが、加藤凌平(コナミスポーツクラブ)だ。安定感抜群のオールラウンダーで“次代のエース”との呼び声も少なくない。順天堂大学時代の彼を指導していた冨田は「彼の一番の強みは安定性。オールラウンダーとしての強さを持っていますし、演技の幅もある。何より自分の力を発揮できる力を持っていますね」と高く評価する。

 

 加藤の父・裕之も元日本代表体操選手。北京五輪から代表のコーチを務めている。体操界のサラブレッドである加藤は幼い頃から英才教育を受けてきた。順大の原田睦巳監督はかつて彼をこう評していた。

「いろいろな技を遊びで経験してきている。技の幅が大きいのは小さい頃からいい演技をずっと見てきているので、目も肥えているのでしょう。技を覚えることに恵まれた環境で育ってきたという感じはしますね。それに本当によく練習しますよ」

 

 体操の申し子とも言える加藤。演技のクオリティーもさることながら、図太いメンタルも持っている。チーム最年少の18歳で出場したロンドン五輪。4年に1度の大舞台にも加藤は飄々と演技した。山室光史(コナミスポーツクラブ)のケガにより日本チームに暗雲が立ち込めた。にも関わらず、加藤は安定感抜群のパフォーマンスを披露した。中国に敗れ金メダルこそ届かなかったが、“加藤凌平”という名を世界に知らしめるには十分だった。

 

 ロンドン後、加藤の才能は開花した。日本代表の常連となり、13年の世界選手権では個人総合で内村に次ぐ2位に入った。この頃の成長ぶりには原田監督も「実際に世界のトップアスリートと肌で接し、自分のできること、足りていない部分を経験してきたことで、一気に伸びましたね」と目を細めていた。

 

「今までで一番しびれた」着地

 

160803rio5 リオ五輪日本代表の権利を掴み取った今年5月のNHK杯は圧巻だった。既に代表内定を決めていた内村を除く最上位の選手が、この日、リオへの切符を手にすることができる。4月の全日本選手権3位の加藤は、第2ローテーションを終えた時点で内村に次ぐ2位に浮上した。その後もつり輪、跳馬で得点を重ねていく。最終ローテーションの鉄棒を迎えた時点で3位・田中佑典(コナミスポーツクラブ)には0.4点差をつけていた。

 

 だが鉄棒は田中の得意種目。順天堂大学、コナミの先輩でもある田中は15.900点のハイスコアを叩き出し、合計得点を180.000点に積み上げて加藤に大きなプレッシャーをかけた。それでも加藤は動じなかった。

「(自分が)15.600点必要なのは演技をする前から分かっていました。練習でも試合でもなかなか取れる点数ではないので、開き直った」

 

 G難度のカッシーナから入る演技構成。加藤は追い込まれた状況の中でも、淡々と技を繰り出していく。ノーミスで迎えたフィニッシュは後方伸身2回宙返り2回ひねり降り。「個人的にも今までで一番しびれた」と自賛する着地をズバッと決めた。掲示された得点は15.600点。合計180.100点で田中を0.1点上回り、見事にリオ五輪の代表権を射止めた。加藤は「4年前とは違って、狙って勝ち取った切符」と胸を張った。

 

 エースの内村も「団体戦の独特な雰囲気でしっかりやらないといけない時に、凌平の存在はすごく大きい。凌平がやってくれれば絶対に失敗しないと僕は見ています」と加藤の強さに太鼓判を押す。本人も「最後の最後でしっかり着地まで止められたのは、オリンピックのピリピリした空気や、プレッシャーのかかる場面でもできる自信が付いた」と本番への手応えを掴んだようだ。

 

 五輪団体決勝は6-3-3制で行われる。種目毎に3人が演技を実施し、3人すべての得点が加算されるシステムだ。1人のミスさえ命取りになりかねない。当然、失敗の許されない重圧が選手にはのしかかる。日本にとって、加藤のようなミスの少ないオールラウンダーで、「追い込まれてから力を発揮するタイプ」という強靭なメンタルの持ち主の存在がいることは頼もしい。

 

 加藤という安定感抜群の支柱があれば、体操NIPPONはリオで12年ぶりの「栄光への架け橋」を描けるはずだ。

 

(文/杉浦泰介、写真/安部晴奈)