160804rio4「本気でバドミントンしたいんか?」。父親は娘にそう問うた。小学2年の彼女はしっかりと頷いた。あれから10数年の月日が経って、24歳の松友美佐紀(日本ユニシス)はリオデジャネイロ五輪の金メダル候補になった。幼き頃に覚悟を決めた彼女は、真摯にバドミントンを取り組み日本史上初の世界ランキング1位(女子ダブルス)まで上り詰めた。

 

 235勝97敗――。ここまでの国際大会で7割以上の勝率が物語るように、1学年上の高橋礼華(日本ユニシス)と組む女子タブルスで数多くの勝利と、そしてメダルを手にしてきた。今年は44勝3敗で9割3分2厘の驚異的な勝率を記録している。

 

 結成10年目のペアが世界に誇れるコンビネーション。松友が前衛でゲームを作り、高橋が後衛で決めるトップ&バックの型が軸になる。中でも松友の繊細なラケットワークは秀逸で、敵の裏をかく。空いたコートにストンとシャトルを落とすこともあれば、相手を崩して高橋に決めさせる。

 

「相手をしっかり見て、崩すこと。そうやって試合を作っていくのが私の仕事です」と松友も自らの役割を自負している。「バドミントンを始めた時から、自分が思ったように相手が反応してくれて、その逆を突けた時はすごくうれしいですね」。3年前にそう話した時のいたずらっぽい笑みが印象的だった。

 

 高橋と松友――。2人が出会ったのは小学生の時である。ともに全国大会のシングルスで優勝するほどの逸材だった。松友は高橋に対し「先輩は小学生の頃から断トツに強かった。先輩に勝つことが目標だった」と言う。一方の高橋は「年下には負けたくないので、松友にはあまり当たりたくなかった」と口にする。互いを認め合うライバルがペアを組んだのは、それから数年後、宮城県の聖ウルスラ学院英知高校に進学してからだ。

 

 小学生時代はライバルだった2人を組ませたのが聖ウルスラ学院英知高校の田所光男監督(現総監督)である。「強気、強気で攻める高橋と、冷静に攻撃を組み立てる松友はピッタリ合っていた」。田所の予見通りに“タカマツ”ペアは結成わずか数カ月で全国の頂点に立ち、今では世界のトップダブルスへと成長した。

 

“世界1位”という重荷

 

160804rio3 2014年10月30日付の世界ランキングで1位になったばかりの頃は苦悩もあったという。「初めての世界ランキング1位は皆勤賞みたいなもの」と所属する日本ユニシス女子チームの小宮山元監督が説明するように、世界トップの中国勢は五輪までペアの組み替えを盛んに行う。一方でずっとペアを組んでいる“タカマツ”ペアの方がポイントを稼ぐことにおいては有利である。厳しい言い方をすれば、それゆえの1位だったと見ることもできる。

 

 それは彼女たち自身が一番感じていたことでもあるのだろう。ゆえに“世界一”の肩書きが重荷となった。周囲からの期待も高まる中、15年の世界選手権は3回戦で敗退した。世界ランキングは一時4位にまで沈んだ。松友は「2014年にスーパシリーズファイナルズで優勝して初めて世界ランキング1位になってから、代表選考レースの前半でどこか守りに入ってしまって、“勝たなきゃ”と思ってしまった部分があった」と振り返る。高橋も「世界選手権に勝てなかったり、苦しい戦いがあった」と語った。

 

 松友の言う「守りに入る」ことで“タカマツ”ペアの持ち味でもある攻めの姿勢を失っていた。日本でも圧倒的な強さを誇る彼女たちでさえ、受け身に回って負けることがあった。そこで2人は話し合う。「自分たちの力を、やってきたことをしっかり出せばいい」。11月の中国オープン(SS)で準優勝を果たしたことで、自信も取り戻せた。“タカマツ”ペアはそこから一気に上昇気流に乗った。

 

 今年に入ってからは出場した大会で常に優勝争い絡む安定感を見せている。3月には世界ランキング1位に再び返り咲いた。小宮山監督も「ベンチに入った時の安心感が今のほうがはるかにある」と成長ぶりを称える。

「全英などでは強いペアに勝って優勝しました。自信を持って1位と言えるんじゃないかなと。それがプレーにも表れていて、本人たちも『中国に簡単に負けなくなった』と言っていました」

 

中国への意識

 

160804rio1 リオ五輪では第1シードとして臨む。“タカマツ”ペアが金メダルを獲るために最強のライバルとなるものは中国勢である。女子ダブルスでは96年アトランタ五輪から5大会連続で金メダルを獲得しているバドミントン王国。世界選手権も合わせれば20年間も頂点に君臨しているのだ。

 

「以前まではどこかで“負けても仕方がない”という気持ちがありました。でも今は負けて“悔しい”と思えるようになった」。3年前、松友とペアを組む高橋は語っていた。現在、中国勢との対戦成績は28勝49敗と大きく負け越してはいる。だが今年に限れば10勝2敗。意識は“負けたくない”から“勝てる”に変化している。

 

 4年前のロンドン五輪は日本代表選考レースで敗れた“タカマツ”ペア。本大会に出場した藤井瑞希と垣岩令佳が組んだ“フジカキ”ペアが日本初の銀メダルを獲得したことは記憶に新しい。その姿を見て、高橋と松友は“4年後は自分たちが”との想いを強くした。目指すは金メダルただひとつ。

 

「本気でバドミントンをしたいんか?」。父に問われた少女の覚悟が、地球の裏側で試される。

 

(文・写真/杉浦泰介)