160829近藤選手(加工済み) 2013年の夏、近藤貫太は慶應義塾大学ソッカー部監督の須田芳正の「ここ(ソッカー部)で頑張ってやり切ったほうがいいのではないか」という制止を振り切って部活を退部した。向かった先は地元の愛媛FCだった。愛媛では2年間、プロとして活動し、24試合2得点。本人は「挫折だった」と言う。

 

<2016年8月の原稿を再掲載しています>

 

 この2シーズン、母・順子も心配しながら息子の背中を見守っていた。

「出場機会が少なく、いつもドキドキしていたような気がします。“今日はメンバーに入れたの?”と、最初は聞けたのですが、段々と聞けない状況になって……」

 

須田を“恩師”と語る理由

 

 出場機会に恵まれなかった近藤は2015年11月にクラブ側から契約満了を言い渡される。そこで近藤は須田に一本の電話を入れる。

 

 須田の回想――。

「“契約満了になりました。また大学でやらせてもらえませんか?”と近藤から連絡が来ました。サッカーをしにくるだけだったらダメだ、と伝えました。近藤にはあと2年間、大学生活が残っている。(部活に戻るなら)社会に出るための2年間にしよう、と」

 

 須田はこう続けた。

「ただ、復帰がダメだとは思わなかった。僕が断ることはない。彼は悪いことをしたわけではないから。ただし、条件としては1年生待遇からだと言いました」

 

 復学した近藤は大学3年生となる。それでもこの条件を快諾した。“出戻り”を許してくれた指揮官に対して近藤の心境はこうだった。

「1年の時もレギュラーで使ってくれたからとか、そういう問題ではないんです。辞めた時も須田さんは僕の話を聞いてくれて、最終的に僕の意見を尊重してくれた。それで、またソッカー部に戻るというのは、普通は無理だと思うんです。だから須田さんには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。A、B、Cチームに関わらず、慶應のために頑張りたいと思いました」

 

 母・順子も「慶應ソッカー部に戻るなんて、私の頭の中にも、主人の頭の中にもありませんでした。貫太をまた受け入れてくださって、本当にありがたいです」と感謝の思いを口にする。

 

後期巻き返しのラストピース

 

160829近藤選手(加工済み)2 近藤の復帰条件として与えられた仕事がある。須田が近藤に命じたのはトイレ掃除だった。須田はその真意を語った。

「トイレ掃除って誰もがあまりやりたくはないでしょう。“ほかの人がやりたいと思わないことをやってくれる”人になってもらいたかったんです。それでたまたま、僕が思いついたのがトイレ掃除だった。部員150人の中の一員として1年生の仕事やトイレ掃除をして、他人のために“汗をかける”人になって欲しかった」

 

 この須田の発言を聞いたとき、近藤に対して人としての成長を願っていることが伝わってきた。それと同時にサッカープレーヤー近藤の弱点も指揮官は把握していたのではないかと思う。近藤はプロ2年間を「プロでは1つの駒としての役割が求められた。それまではずっと、自分が中心でサッカーをやってきた。11人の中の1人として、どう自分のプレーを表現すればいいのか難しかった」と振り返っていた。組織の中で自らを生かす術をこの時はまだ知らなかったのだ。

 

 現在、近藤はCチームから順を経てAチームへと昇格している。今月25日に慶應のホームで行われた練習試合で1ゴール2アシストの上々の結果を残した。近藤をAチームへ引き上げた理由を須田に質すと、「彼はチームのために汗をかけるようになったんですよ。プロでやっていたんだから、Cチームで断トツにうまいのは当たり前。周りがミスをした時にどうサポートするのか、どうアドバイスをするのか。僕はそこを見ていました。周りのためにがんばれるようになって平等にサッカーの実力を見ようと思っていた。“人のために汗をかけるようになったな”と判断したのでトップに上げました」と答えた。

 

 近藤が慶應に入学した当時を笑いながら須田は振り返る。

「サッカーの試合は90分ですが、ボールに触っている時間は2分程度。残りの88分で何をするかが大切です。昔は(近藤は)何もしなかったのになぁ(笑)。プロでの2年間、近藤にとって思い通りにはいかなかったかもしれない。でも彼の人生にとってはすごく良い時間だったのではないでしょうか」

 

 現在、慶應は関東大学1部リーグ戦を勝ち点17の5位で折り返した。首位・明治大学とは勝ち点で7ポイントも差をつけられている。9月11日から始まる後期のリーグ戦、慶應の巻き返しのカギは帰ってきた近藤が握っていると言っていいだろう。

 

 インタビューの終わり際、彼に「好きなサッカーチームはどこですか?」と聞くと「慶應です」と真っすぐな目で答えた。チーム愛に溢れ、仲間のためと勝利のために身を粉にして働き、声を張り上げる。今の近藤は、かつて王様のように振る舞っていた頃よりも、相手に脅威を与える存在かもしれない。

 

(おわり)

 

160801近藤貫太サインもちプロフ<近藤貫太(こんどうかんた)プロフィール>

1993年8月11日、愛媛県今治市出身。幼稚園の頃からサッカーを始める。今治市サッカースポーツ少年団イーグルス―愛媛FCジュニアユース―愛媛FCユース―慶応義塾大学―愛媛FC。高校1年時からトップチームに2種登録され、3年時にはU-18日本代表に選出された実績を持つ。強烈なシュート、鋭いドリブルが武器のアタッカー。164センチ、61キロ。

 

 

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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