後期の優勝マジック1で迎えた9日の武蔵ヒートベアーズ戦は、16-6で快勝し、6年ぶりの完全優勝を決めました。開幕前のチーム事情を思い返すと、“よく勝てたな”というのが正直な気持ちです。

 

 今季の開幕前にコーチ陣とチームの戦力を分析した時に、人数的にも、実力的にも明らかに他よりも劣っていると感じました。開幕当初は選手が足りなく、内野手が外野を守ることもありました。そんな苦しいチーム状況の中、選手たちはよく頑張ってくれたと思います。

 

 今季から群馬の監督に就任して、まず選手たちを見て気になったことは、くだらないエラーが多かったことです。普通に処理できるボールでさえもミスをしてしまう状態でした。理想の戦い方はピッチャー中心の堅固な守りで攻撃のリズムを生み、打線が得点を奪って逃げきることです。たまたま大きな一発を打って勝利することもありましたが、僕が描く理想からはかけ離れていました。

 

 そこで、守備の基本を選手たちに徹底的に叩き込みました。実戦経験の少ない若手が試合に出るので、土壇場の場面になるとパニックになり、冷戦な判断ができなくなってしまうこともあります。プレーの確実性を高めるために「捕球して投げる」という守備の基本を繰り返しやらせたことで、去年に比べてだいぶエラーが減りました。

 

 伊藤拓郎、NPB復帰の可能性アリ

  後期優勝を目指すため、選手たちに厳しく指導したことは、私生活での体調管理です。野球選手でもユニホームを脱げば同じ人間です。私生活でケガしたり、体調を崩してしまうと戦力になりません。これを口酸っぱく言ったおかげで、今年は夏場を迎えても選手たちに疲れはほとんど見えませんでした。

 

 後期は11勝の柿田兼章をはじめ、伊藤拓郎、南拓真ら先発陣が勝ち星を重ねてくれました。シーズン途中で先発に回った柿田は、ストレートに磨きがかかり、130キロそこそこだったのが常時140キロ台を出せるようになりました。本人の努力ももちろんですが、「とにかく走れ!」と、下半身を強化したことが球速アップに繋がったのだと思います。

 

 8月の月間MVPに選ばれた伊藤は、前期は肩の故障に苦しみました。僕は「もうちょっと死ぬ気になってやれ!」と少々厳しいことを言いましたが、彼が死ぬ気で頑張った結果が後期の好成績に表れたのだと思います。ストレートと変化球で左打者を抑えられるようになったことは大きな成長です。このままいけば、恐らくまたNPBに戻れるでしょうね。

 

 打線では、トップバッターの藤井一輝の足には大いに助けられました。ウチには彼以外、俊足の選手がいないので、貴重な存在です。先頭の藤井が出塁し、2番の森岡大和や竹井大地が送る。得点圏にランナーを置いて、3番の井野口祐介、4番のフランシスコ・カラバイヨ、5番のヨへルミン・チャベスが還す。そして、6番の八木健史が繋いでチャンスをさらに広げる。この攻撃パターンが確立されたことが、完全優勝をもたらしたのだと思います。

 

 さて、いよいよ16日から福島ホープスとの地区チャンピオンシップが始まります。短期決戦を制すためには、第1戦を勝つことが重要です。先発ピッチャーはまだ迷っている最中ですが、恐らく伊藤か柿田に任せると思います。初戦をとれるか、とれないかでは2戦目以降に大きく影響するので、第1戦の先発がキーマンです。

 

<平野謙(ひらの・けん)>:群馬ダイヤモンドペガサス監督
1955年6月20日、愛知県出身。78年にドラフト外で中日に入団する。81年に公式戦初出場を果たし、翌年からスタメン(センター)に定着する。86年に48盗塁をマークして盗塁王を獲得。88年に交換トレードで西武に移籍すると、88年から92年まで5年連続でパ・リーグの最多犠打を記録。90年に通算265犠打を決めて、当時の日本記録を塗り替えた。その後、ロッテに移籍し、96年に現役を引退した。引退後はプロや社会人野球のコーチを経て、15年に群馬ダイヤモンドペガサスの野手コーチに就任する。今季から監督を務める。現役時代、ベストナインに1度(88年)、ゴールデングラブ賞に9度(82年、85年、86年、88-93年)も輝いた守備と走塁のスペシャリスト。NPBでの通算成績は1683試合、1551安打、打率.273、53本塁打、479打点、451犠打、230盗塁。


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